⑦ あたたかいごはん
休日の朝といえば、この時間だ。目が覚めてからもあたたかい布団の中でごろごろと微睡む。休みの日の醍醐味だ。ぼんやりと目を開け、天井を見つめる。ああ、朝ごはんは何にしよう。昨日はろくに食べないまま寝てしまったから、お腹は空いている。寒いから、温かいものがいいかな。何があったかなあ、と冷蔵庫の中身と食べたいものを考えていると、実家にいた頃に食べた母のごはんを思い出した。母は料理が得意ではなかったが、色んなものを作ってくれた。その中でも僕と妹が一番好きだったのは、そぼろごはんだった。卵と肉だけの、そぼろごはん。
僕も五つ年下の妹も、頑固で負けず嫌いだったから小さい頃はよくけんかしていた。同い年の子の中でも背だけは高く、ひょろひょろとしていた僕と違って妹は小さく、まだ子どもらしくまるかった。小さいくせに何でも僕の真似をしたがり、危ないことをして親に怒られることもあった。そんな妹とのけんかが最もひどかったのは、そぼろごはんが出された時だった。あの時のことを思い出すと、僕は本当に大人気なかったなと笑ってしまう。でも、そぼろごはんは数少ない僕の好物だったから、きっとゆずれなかったんだな。母がテーブルにどんぶりを二つ置く。青い方が僕で少し小さめの黄色いどんぶりが妹のものだったが、そぼろは僕のものと同じだけのっていた。それからが大変だった。母がけんかしないようにと同じ量にしていたにも関わらず、二人でどちらが多いと言い始める。そして、その言い争いは呆れた母が、二人ともごはんなし!と言うまで続くのだ。そんな風に、そぼろごはんの日はいつも、けんかをしてから食べ始めていた。
いつの冬だったかな。僕が小学校の高学年だった頃だろうか。寒くて布団からなかなか出られずにいると、一階から母の呼ぶ声がした。のそのそと着替え、隣の部屋で寝ている妹を起こしてから、朝ごはんを食べに一階へ下りた。洗面所で顔を洗ってから食卓テーブルにつくと、目の前にどんぶりが置かれた。隣に座った妹の前にも小さなどんぶり。二人の前にそぼろごはんが並ぶ。でもその日はいつもと違った。いつもなら、どんぶりを見ると真っ先に自分のそぼろが少ないと言っていた妹が、自分のどんぶりをじっと見つめて何か考えているようだった。しばらくじっと黙っていた妹がスプーンを握りしめたと思ったら、自分の分のそぼろを少し、そっとすくって僕のどんぶりに、ぱらっとのせた。僕は驚いて、ぱっと妹の方を向いた。いったいどうして・・・と思って妹を見ていると、妹は、ふにゃっと笑った。
「おにいちゃん、おたんじょうび、おめでとう」
お誕生日だから特別だよ、と言い、少し胸を張って笑顔のまま、手を合わせた妹の横顔を僕は、よく覚えている。幼い妹の表情の中でも特に、はっきりと。感情が混乱していたであろう僕は何と言葉を返したのか、それは今になっても曖昧なままだ。ただ、照れくさかったこと、嬉しかったこと、そして美味しかったこと。それらは、あの表情と一緒にいつでも思い出すことができる。そぼろごはんを食べる時には。
ごろりと横を向いた。こんなことを朝から考えているなんて、柄じゃないなと苦笑いしながら冷蔵庫の中身を再度、思い出す。・・・ひき肉と卵、確か、あったな。ご飯も昨日の残りがあったはず。布団から腕を出して、暖房のおかげで部屋があたたまっていることを確認する。相変わらず寒がりだと自嘲しながら、布団から出た。
さてと、今日は、そぼろごはんにしようかな。
短編物語 日野 青也 @0113__akira
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