*** 二〇二〇年 九月二十八日 月曜日

 後日、秋野さんにメールしてその生徒と会う約束を取り付けてもらった。やってきた例の彼女、滝川たきがわ静香しずかは整えられていない黒髪ロングにTシャツにジーパンと地味な格好をしており、あまりファッションに興味がないような印象を受けた。微かに聞こえる程度の小声で口癖のように「す、すいません……」と会話の合間に呟いてしまうような人と接することが不得意そうな人だった。

 僕と一ノ瀬さん、秋野さんと滝川さんという形で机を挟んで向き合う。集団が苦手なのか彼女の目がぎょろぎょろとあちこちを見るようにして常に動き回っていた。今回ばかりは話を聞き出すことを一ノ瀬さんに任せることにした。僕が色々と情報を聞き出そうとすると圧をかけてしまいそうな気がしたし、人と接するのが苦手なら同性で知的な印象を持つ一ノ瀬さんの方が話しやすいと思ったからだった。

「いきなり呼び出してごめんね。実はあなたにあることが聞きたくて、秋野さんに会う約束を取り付けてもらったの」

「な、何が聞きたいんですか?」目を逸らして言葉が詰まりながら滝川さんは答える。

「あなたが在籍してる学校の登校日に何があったか聞きたいの。その日、別の女の子からはあなたが虐められているように見えたって言ってて。どうかな?」

「……別に何も、なかったです」

 一ノ瀬さんが「本当に?」ともう一度念を押してみるが返答が変わることはなかった。彼女の返答の言葉の引っ掛かり具合が気になったが、コミュニケーションが不得意なことによるものか動揺によるものなのか判断できなかった。しかし、秋野さんが教えてくれた証言が嘘だとは思わなかったので明らかな嘘だと考えていた。

「わかった。じゃあ、次の質問。有栖川さんのことは事件で知ってるよね? 彼女とは面識があったりしたかな?」

「同じクラスメイトってだけで、話したことは、な、ないです……」

「本当に一度も話したことがないのか? 実は登校日に会っていたとか何も嘘をついてないんだな?」

 横槍を入れるような形で僕は早口で疑問を捲し立てる。一瞬、僕を制止しようと一ノ瀬さんが肩を掴もうとしたのが見えた。目の前の彼女はほんの一瞬だけ体をびくりと震わせる。

「な、ないですよ……!!」

「本当なんだな?」

「だから、ないって言ってるじゃないですか!!」

 流石に何度も同じことを尋ね過ぎたのか、到底彼女とは思えないほどの大声を出しながら立ち上がっていた。その声は店内全てに聞こえたようで周囲の客たちの視線が僕たちに集まる。僕は「わかった。悪かったよ」と言って大人しくすることにした。一ノ瀬さんはこちらを睨んでいるようだったが、僕はそれに気付いていない振りをした。程なくして周囲の客たちが再びそれぞれの談笑に戻ると、店員がそそくさとやって来て店内では静かに話すようと注意を促してきた。

 一ノ瀬さんは先ほどの質問の他にいくつか尋ねていたがめぼしい情報は得られなかったようだった。結局、琴葉と滝川さんに接点は無く何も起きていないということになって、僕たちはその店を後にすることにした。

「ごめんね、今日はありがとう。また何か思い出したらここにメールでも送ってね。じゃあ、私たちはこれで」

 一ノ瀬さんと共に椅子から立ち上がる。彼女が紙にメールアドレスを書いてテーブルに置いていたので、僕もメールアドレスと電話番号を書き残して彼女の目の前に置いておくことにした。

「結局、何もなかったね……」

「あぁ。アリス――また間違えた。琴葉と何か関係してると思ったんだけどな」ずっとアリスと呼んでいたので未だに琴葉という名前に慣れないでいた。

 彼女の情報が正しいか判断するには早すぎるし、彼女の目の前でこの話をしない方がいいと思ったのでそのように僕は答えた。しかし、やはり彼女は嘘ついている可能性が高い気がした。そう考えた一番の理由は大声で否定したことだった。こんなにもか弱そうで人と接するのが不得意そうな人間が何度も聞かれただけで、あんなにも大声を出して否定するだろうか。僕には何かバレないようにと必死に否定しているように見えた。

 思考をまとめながら喫茶店の出口に向かおうとすると「待って!」と呼び止める声が聞こえる。その声の主は先ほど僕の質問を必死そうに否定した滝川静香だった。彼女は僕を見つめながら口を開く。

「今、なんて言いましたか?」

「えっと……琴葉が何か関係してると思ったって言ったけど」

「琴葉じゃなくて。彼女のこと、なんて間違えて呼びましたか?」

 彼女の質問の意味が分からなかった。けれど、やっぱり何か知っていそうな素振りだったので、先程と同じように言い直した。

「あぁ、アリスって呼んだんだ。琴葉は僕に本名は教えてくれなくて。多分、有栖川から琴葉ってニックネームを思い付いたんじゃないかな。まぁ、彼女の本名を知ったのは事件の後だったけど」

「……あなたの名前は?」

 僕を見つめる彼女は先程とは打って変わって強い信念を持っているような目つきをしていた。僅かに困惑しながらも僕は彼女の問いに答えた。

「僕の名前は秋月あきづき春人はると。琴葉の友人だ」

「そうか、あなただったんですね……」

 どうやら彼女は僕の名前を知っているようだった。さらに僕が困惑していると急に彼女は「すいません!」と言って頭を下げた。

「実はあなたにだけ、話さないといけないことがあるんです。琴葉さんの事件と彼女の現在について」

 根本的に重要なことを彼女は知っているのかもしれないと思い、僕は彼女に対し「もちろん」と答えた。一ノ瀬さんと秋野さんには席を外してもらい、彼女と僕の二人だけで話すことになった。

 再び僕と滝川さんは席に着く。自分を落ち着かせるように深呼吸を何回か繰り返した後、彼女は琴葉の事件の真相について語り始めた。

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