第四章 アリスと僕と謎解き
*** 二〇二〇年 九月十八日 金曜日
「アリスは……生きている?」
到底現実的とは思えないような可能性を口にする。だがアリスが生きていると仮定した方が驚くほどに筋が通った。
まずは時間的問題である遺体の焼却時間についてだ。事前に白骨遺体が存在すればこの問題は解消でき、同時にあの遺体がアリスではないことになる。それはつまり、アリスが死んでいないということだ。そして、防犯カメラに写った工藤瑞稀ではない女性の正体や工藤瑞稀を家から追い出したこと、あと事件の動向を自分の目で確認するはずであることから、あの女子高生の正体はアリス本人で生きている可能性が高いことになる。
他にも辻褄が合う部分は存在する。アリスが僕とご両親に向けた手紙を警察からは隠してほしいと伝えたことだ。僕はあの手紙を読んだときある違和感を抱いていた。虐めに関して決着をつけようとしたのであれば、あの手紙を警察に届けた方が酷い虐めがあったことや暗に工藤瑞稀が深く関わっているかもしれないことをより効果的に印象付けることができたはずだ。しかし、これはアリスが被害者であるという前提のもとで抱いた疑問だ。アリスが被害者ではなく加害者の立場だったとすれば、この手紙を警察に渡すことはリスクの高いものとなってしまう。僕がこの可能性に辿り着いたのはアリスが決着をつけようと知ったことに他ならない。逆にこの手紙の存在を一切知らなければアリスが生きているという可能性なんて思い付きもしないだろう。
この手紙の存在に付随してもう一つ理解する。アリスは自分を虐めていた工藤瑞稀を犯罪者に仕立てようとしたのかもしれない。自ら工藤瑞稀を招き入れ、殺さずに家から追い出すことで彼女の存在を防犯カメラに写し、火災当日に証拠を隠滅しようとした工藤瑞稀として防犯カメラに写った。アリスはよほど工藤瑞稀を恨んでいたのかもしれない。
僕はこの可能性に辿り着いたとき心底驚いた。友人として夏休みを満喫している間にこんなにも緻密な計画を立てていたこと、そしてそれ程までに虐めを苦痛に感じていたことに。アリスが隠し込んでいた負の感情に僕は気付くことができなかった。それが悔しかったし、虐めの内容を聞いてしまった僕は彼女を責めることなんてできなかった。むしろ正しいことのように思えてならなかった。
世の中は殺人による復讐やSNSでの誹謗中による虐めの解消を不適切だと言う。間違っているのは虐めを起こす奴らなのに。そいつらによって何もかもを歪められた人間が我慢の限界を超えて罪を犯すと、それは犯罪だと法で裁かれて真っ当な人生を歩めなくなる。そんな理不尽に対して正当な方法で虐めが無くなるわけがないのだ。そんな綺麗事を並べる奴は弱い人間の気持ちを知った気になっている偽善者だ。改めてこの世界が理不尽に塗れているという事実に嫌気がさした。
赤黒い感情を心の中に秘めながらも僕は思考を続ける。
アリスは生きていると仮定すれば全てに納得がいく。初めに考えた第三者が殺したパターンや協力者に後処理を任せたパターンでは、そもそもあの日起きた出来事に綺麗に説明がつくことはなかったが、アリスが生存しているというパターンにおいては新しく他の問題が発生するが、あの日の出来事のみに関してはうまく筋が通る。
結論としてはこうだ。あの日、アリスは工藤瑞稀を殺人犯として仕立てるため虐めの動画で脅迫し、家へと招き入れた。おそらくアリスは道端や玄関前に防犯カメラが設置されていることを知っていて、防犯カメラに工藤瑞稀の顔が写るようにしたのだろう。そして、ある程度の時間が経ったところで工藤瑞稀の恐怖心を煽って家から追い出した後、事前に用意していた白骨遺体を家に置き待機する。次の日、木造建築の家に火をつけて工藤瑞稀と同じ後ろ姿で防犯カメラに写りながらその場を去る。こう考えれば僕の掻き集めた事実と合致した。
ここまで思考を進めると一旦休憩を挟むことにした。窓から差し込む西日が天井全体を照らし、それを眺めるながら呼吸をする。正直、この可能性にはまだ問題が山積みだった。なぜこんなにも大掛かりな事件を起こそうとしたのか、なぜこのタイミングだったのか、そして最大の疑問は白骨遺体をどこから入手したのかだ。だがそんなものはひとまずどうだってよかった。
アリスが生きている、その可能性に対して僕は嬉しく感じた。アリスは工藤瑞稀に濡れ衣を着せて殺人犯に仕立てた。世間的に見ればそれは非難されるべきものだろうが、アリスが虐めから解放されて僕は本当に良かったと思う。アリスが無事で生きてさえいれば赤の他人がどうなろうが僕は構わなかった。
アリスが死んだと聞かされてから僕はアリスを殺した張本人を探そうとしていた。あの日の真実を知りたいという理由もあれば、心の奥底には殺人という二文字が眠っていたに違いない。だがアリスが生きている、その可能性を導き出した僕はどうしたいのだろう。だがしかし、そんなものは自問自答するまでもなかった。
自分自身に言い聞かせるように何度も言うが、これはあくまで可能性であり真実ではない。アリスが生きている保証なんてどこにもないのだ。だが生きている可能性があるのであれば、僕はアリスに会いたい。彼女がどこで生きて、どのように生きているのか僕は知りたい。
今後の目的がたった今決まった。
どんなに時間がかかっても構わない。僕の人生を全て賭けてでもアリスを見つけ出す。そのためには今ある疑問について考える必要があるだろう。あの火災事件以降、アリスがどこに向かったかのヒントがまだ隠れているかもしれないし、今ある手掛かりから順番に思考を進めていく方がいいだろう。だが生存している人間の行方を探すのに僕は如何せん知識が少なすぎる。
そこである人間に協力を要請することにした。彼女なら僕の持ち得ない知識や情報を教えてくれる可能性が高かったし、ある意味アリスとも関わりがあった。その人物にまずは会うため、僕は三日後久しぶりに学校へ登校することにした。
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