*** 二〇二〇年 九月十八日 金曜日
目を覚ました僕はシャワーを浴びてから、改めて昨日得た情報について整理し始めた。工藤瑞稀の証言が本当なのであればあの日の真実はこうだ。
アリス自身が工藤瑞稀を家に招き、虐めの証拠をSNSでばら撒くとアリスに脅され、殺されると怖くなってしまった工藤瑞稀は近くにあったバットでアリスを殴打した。その後、アリスは頭部を負傷しながら工藤瑞稀に対し『出て行け』と大声を出して追い出す。つまり、結果的に工藤瑞稀はアリスに怪我を負わせたが殺してはいない。そして最後に、その日以降現場に工藤瑞稀は訪れず恐怖心からずっと家に閉じ籠もっていた。以上があの日起きたことの顛末である。
この真実と今まで聞いてきた話を照らし合わせると別の可能性が浮上する。
一つ目は第三者によってアリスは殺されたというものだ。工藤瑞稀はアリスに追い出されたのだから殺したという部分には矛盾が生じる。工藤瑞稀がアリスを殺していないのであれば別に人間、第三者によって殺されたと考えたほうが自然だった。他にも理由はある。工藤瑞稀が火災当日に現場を訪れていないのであれば、彼女らしき人物が防犯カメラの映像に写っているわけがない。事実として写ってしまっているのだから、工藤瑞稀ではない別の人間が意図的に写ったとしか考えられない。
その第三者が工藤瑞稀に濡れ衣を着せた上でアリスを殺したというのが真っ先に思い付いた可能性だった。単独によるものか複数人によるものなのかは今すぐに断定することはできないがこれが一番妥当だった。しかしそれにしても疑問点が多いように思えた。なぜ真犯人はアリスがあの家で工藤瑞稀と決着をつけようとしていたことを知っていたのだろうか。アリスが他人に事件を起こそうとしていることを言わない限りアリス以外の人物は知り得ない。盗み聞きや偶然耳に入ったりすることもないのだ。たまたま付近に居て、突発的にアリスを殺そうとした可能性もあるにはあるがそれだと準備が良すぎるだろう。
そして二つ目に考えたのはアリスが自殺した上で第三者である協力者に今後の処理を任せたというパターンだ。このパターンであれば、先程のなぜ現場付近に居ることができたのかという点について説明がつき、遺体の白骨化についてはかなり強引かもしれないが僕の知る現実と一致する。そしてあの日の出来事が計画的に実行されたことなのであれば、防犯カメラに協力者がわざっと写ったことになり、計画の一部だったということになる。つまり、アリスの考えた『決着』とは虐めの主犯格である工藤瑞稀を殺人犯として仕立てて嵌めることだったのかもしれない。
しかし、こんなにも高リスクな手段を取るようには思えなかった。決着をつけようと自分自身でこの計画を立てたのであれば、ことの顛末を自分の目で確認しないのはおかしいだろう。もし、協力者が失敗すればアリス達は犯罪者として生きることになる。あまりにも割に合っていなかった。
また両方の可能性に対して、遺体の焼却をどうするかという問題がどちらにせよ再び発生する。第三者によって殺されたというパターンはある程度の筋を通るが多くの疑問点が残り、自殺後に協力者が後処理をしたというパターンには違和感がどうしても拭えない。第三者が関わっているのはほぼ間違いないと考えているが、納得のいくパターンが全くと言っていいほど見つからなかった。
まず現時点で分からないことがやはり多いように思えた。なぜその第三者は事件の前後に二通のメールを僕に送ったのか、正規の焼却炉を使わず半日という時間でどうやって遺体を焼却したのか、なぜアリスは残した手紙を警察から隠すよう伝えたのか、それに付随するアリスの意図。様々な疑問が頭の中を駆け巡っていく。
「白骨遺体がもっと前に存在すれば……」とため息交じりに独り言つ。
少しの間、沈黙が流れる。
「……!!」僕は勢いよく飛び起きた。ありえない仮定のもとで、先程までの思考スピードとは段違いの速さで思考を進めていく。
もし、あの遺体が短時間で白骨化したのではなく事前に用意されていたとしたら……。あらゆる前提が次々に覆されていく。
警察へ手紙を見せないで欲しいと伝えたこと、工藤瑞稀を煽っただけで殺さずすぐ追い出したこと、第三者の関与、工藤瑞稀を嵌めようとしたかもしれないこと。あの日の出来事や手紙の存在、防犯カメラの工藤瑞稀ではない人間、白骨遺体の身元識別、それらの事実が複雑に絡み合ってある可能性が浮かび上がってくる。そんなの現実的ではないと脳内で思わず否定するが、思考を進めていけばいくほど、その可能性であることを明かりが照らされるように指し示してくる。
事前に白骨遺体を準備していれば、たった一人でも計画を実行できる。背格好が同じであれば防犯カメラにわざと写ることや自分で遺体の頭部を粉砕することも簡単だ。誰かに計画を話す必要もないし、世間や警察の反応を己の目で確認することができる。あの日起きたこと全て一人で十分だろう。
到底信じることはできないが信じざるを得なかった。それ以外に別の可能性が何一つ見つからなかったし、この可能性だと圧倒的に筋が通るのだ。
白骨遺体が事前に準備されていた場合、あれはアリスではないということになる。それはつまり……。
「アリスは……生きている?」
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