*** 二〇二〇年 九月十七日 木曜日
工藤瑞稀の到着を待つ間、睡眠不足で僕は幾度となくあくびを繰り返した。アリスの葬式に出席した日以前と比べて、ここ最近の睡眠時間は極端に減っていたのだがそれを考慮しても昨日は全く睡眠を取れていなかった。実質的な睡眠時間はおそらく三時間程度だろう。流石に寝不足が体に悪影響を及ぼしていた。あまりにも身体に与える影響が悪いのであれば真面に調査できないので、睡眠薬を飲んででも無理やり眠る必要があるだろう。
そんなことを考えながら腕時計に目を遣る。時計が指し示す時刻は十三時二十二分、待ち合わせである十三時から約二十分が経過していた。待ち合わせであるカフェ前にまだ例の彼女はやって来ていない。もしかすると直前になって怖くなったかやはり僕を信頼できないと考えたのかもしれない。それでも僕はじっと彼女を待った。
待ち合わせから四十分が経過した頃だろうか、ようやく工藤瑞稀らしき人物が姿を現した。
「あなたが……相川さん、ですか……」
「はい」
虐めの加害者かつ容疑者である工藤瑞稀に僕が接触したことを父に知られたくなかったので、僕は偽名を使って彼女に名乗った。僕は改めて彼女の服装に目を向ける。黒パーカーと紺色のジーパンというファッションなんか気にしていない服装で、顔を極力見せたくないのかフードを深く被り大きめのマスクを身に付けている。目の下には大きな隈ができており、無意識に眼球を動かして周囲の目を気にしているようだった。
彼女と接触するのはそこまで難しいことではなかった。秋野さんに何か噂が出回っていないか尋ねたところ、虐めの主犯格である工藤瑞稀が殺したのではないかと言われているようだった。警察がやって来た際に彼女だけが呼び出され、それ以降登校してくることがなかったのだそうだ。アリスを虐めていたことから数人のクラスメイトによって噂が広まったらしい。
僕は全てのSNSを調べ上げた。すると工藤瑞稀と思わしきアカウントを発見し、『君が殺してないことを信じている。だから事件のことを教えてくれ』とメッセージを送った。今の彼女は精神的に不安定だからこそ自分を信じてくれる人に弱い。故に赤の他人でも縋りたいはずだから彼女と接触できるのではないかと考えた。そして案の定、彼女は僕の罠に引っ掛かった。
「安心してください。ここは学校から八駅も離れているし頻繁に利用されている駅は近くにはないので、知り合いなんていないと思いますよ」
彼女は僕の声にビクッとして身を竦める。どうしても周囲の目が気になって仕方がないようだった。
「あなたは工藤瑞稀本人ですか?」信頼を無くさないためにできる限り声を潜めて彼女に尋ねる。彼女は声を発さずに頷いた。
「抵抗があると思いますが、本人か確認したいので念の為に顔を見せてくれませんか?」
僕の頼みに彼女は悩む素振りを見せた。マスクを外すことに抵抗を感じているようで、よっぽど追い詰められているのかもしれない。数分経っても決心がつかないようだったので僕は言葉を付け加えた。
「写真を撮ったりしないので安心してください。確認するだけなので数秒程度でも大丈夫です」
すると彼女は「数秒……だけ、なら」と途切れ途切れに言葉を吐きながら渋々了承した。彼女の話し方は一つ一つの言葉が途切れるようなものだった。彼女は片方の耳にかけた紐を取り外し、極力周囲に見せないように顔を露わにした。マスクを顔に身に付けていない間、落ち着かない様子で忙しくなく視線を動かしていた。
テーブルの下に忍ばせていた過去の写真と彼女の今現在の顔に視線を行き来させて比較する。おそらく友人と写った写真には楽しそうに笑っている工藤瑞稀が写っている。ハーフアップにまとめられた明るい茶色の髪、少し分厚い唇、その斜め下にあるほくろ、まるで読者モデルのような顔立ちをしていた。無意識に冷めた表情をしていた僕は優しい表情に戻そうとする。今度は今現在の彼女の顔に視線を向けた。化粧っ気のない肌に細く小さくなった目、頬はこけてしまい顔全体で見ると何だかやつれているようだった。特徴的なほくろがあることを確認し「もういいですよ」と声を掛ける。するとすぐに彼女は焦るようにしてマスクを再び取り付けた。工藤瑞稀本人であることを確認すると、僕は息を大きく吸い込んで本題を切り出した。
「今日は来てくれてありがとうございます。以前連絡した通り、僕は有栖川琴葉さんが亡くなった事件について個人的に調査しています。その中であなたの存在と事件の犯人だと疑われていることを知りました」
彼女は黙って俯きながら僕の話に耳を傾けている。僕は言葉を続けた。
「詳しい理由を話すことはできませんが、僕は犯人が別にいると考えています。あの日の事件について知るため、何よりあなたの無実を晴らすために、僕の質問に答えてもらえませんか?」
工藤瑞稀は「……はい」と短く答える。
「じゃあ事件の詳細を話してもらう前に、いくつか質問させてもらいます。まずは虐めについて何ですが、有栖川さんを虐めていたのは本当のことですか?」
「……」彼女は何も言葉を発しなかった。きっと赤の他人に虐めをしていた事実を知られたくないのだろう。僕はフォローする形で優しく言葉をかけた。
「安心してください。事実確認しているだけで、彼女を虐めていたからといって僕は何とも思いません。知りたいのは事件に関わる情報だけです。なので、できる限り本当のことを話してください、あなたの無実を証明するために」
彼女は覚悟を決めたのか「えっと……」と言葉を紡ぎ始めた。
「はい……。で、でも、イジメというか……いじり、みたいなもので……」
テーブルの下に隠した拳に力が入る。手のひらに爪が食い込むのが分かった。
「……わかりました。じゃあ事件の日、何があったか教えてください」
「あの日は……有栖川に、呼ばれて……。あいつの部屋まで向かったら……突然、虐めをやめないと、いじってる動画を……SNSにばら撒くって、脅してきて……。あのときのあいつ、何だか……別人みたいで、私のことを罵ったり、馬鹿にしたりしてきて……」
アリスは予め自分が虐められている動画を撮っておき、決着をつけるために材料として利用したのか。今のところ驚くべきことはなかったが、工藤瑞稀をわざわざ煽るような発言をしたという部分だけが唯一気になった。
「しかも、もしやめなかったら、ここでお前を……こ、殺すとか言ってきて……。生意気そうでムカついたから、殺せるなら殺してみろって言ったら……ナ、ナイフを、突き出して、きて」
脳内に疑問が浮かぶ。アリスがナイフを取り出した? もしかするとアリスの言う決着とは本来、工藤瑞稀を殺すことが目的だったのか? その後で自殺するつもりだった……ということだろうか。
「あいつの目、本当に私を殺そうと、してるようで……。じりじりと、近づいてきて……」
僕は「それで?」と話の続きを促した。
「怖くなって、近くにあったバットで、思わず……」
「殺したのか?」努めて冷静に僕は尋ねた。すると工藤瑞稀は急に立ち上がって「殺してなんかないです!!」と店内に響くぐらい声を荒げた。店内で談笑していた客たちは声を止めて突然の大声にこちらを振り返った。落ち着くように宥めると声を荒げたことに自身も驚いたのかすぐに座ってより深く俯いてしまった。多少冷静になってから話を聞き出した方がいいと思い、五分ほど待つことにした。
その後、ある程度落ち着いた彼女はまた語り出した。
「殺してなんか、ないです。バットであいつを殴っただけで……。そしたら頭から血を流しながら急に『目の前から消えろ!!』って大声出して、怖くなって……。すぐに家を出て、走って逃げました」
「じゃあ……バットで殴打してすぐ逃げたと?」
「は、はい……」
彼女の証言が正しいとすれば、アリスは工藤瑞稀を殺そうとしたが未遂に終わったことになる。彼女にバッドで殴られて殺すことに怖気ついたのかと考えたが、それにしても逃がす必要はなかったように思える。もし、警察にでも通報されたら完全にアリスが加害者側になって、決着をつける所の話ではなくなってしまう。そんな簡単なことは分かっていたはずだ。ただ単に殺すことに失敗して自殺したというパターンもあるが、それだと頭蓋骨の粉砕や白骨遺体に説明がつかないので仮説が成り立たなかった。
どれだけ思考を重ねても堂々巡りだったので、一度思考することを放棄して工藤瑞稀に当然の質問を投げかけた。
「あの家から逃げた時や後日になって、警察には通報しなかったんですか?」
「し、しませんでした……」
「それは、なぜ?」
「そ、それは……あの動画を、ばら撒かれたくなくて……」
虐めの証拠がSNSに投稿されれば、当然警察は学校での虐めについて調査するはずだ。そうなればその学校ではまともな学校生活を送ることはだろうし、校内全体に知れ渡ってしまう事になる。工藤瑞稀はそれを恐れたのか。
「なるほど。あの日について他にはありませんか?」
「これ以上、何も、ないです……」
事件の詳細について聞くのはこれまでにして、他のことについて尋ねた。
「わかりました。別の質問をさせてください。火災当日、あなたはなんであの火災現場にいたんですか?」
別の質問を投げかけた途端、工藤瑞稀はこれでもかというぐらい目を見開いて僕を見た。同時に僕の質問について否定した。
「私は、あの家に行っていません! 警察にも、言われたけど……私はあの場所に、いなかった……!!」
僕は思わず「は?」と声に出してしまった。僕の頭の中で多数の疑問符が浮かんだ。
「あの日、制服姿のあなたが現場に居たことは事実です。防犯カメラに写っていました」
「本当に行っていないんです! 私は怖くて、ず、ずっと家にいました……!」
どういうことだ。火災当日、工藤瑞稀は現場にいなかった? しかし、間違いなく防犯カメラには工藤瑞稀の後ろ姿が写っていた。これはアリスのご両親から直接警察が言っていたことを聞いているので間違いないはずだ。ご両親が嘘をつく理由はないから信憑性のある事実だ。
思考を止めているのにも関わらず、脳は勝手に考え始めようとしている。しかし、新たな事実に頭がこんがらがっていた。工藤瑞稀の様子からは嘘を言っているような感じがしなかった。
「わ、わかりました。ひとまずあなたの証言を信じます」
ここで信用しなければ訝しげに思われる可能性があったので、とりあえずそう答えると彼女は分かりやすく安堵した。
「最後にもう一つだけ聞かせてください。あなたが犯人だと示す証拠は何一つなく、火災の前日と当日に写っていた映像と有栖川さんを普段から弄っているような関係だということのみであなたが犯人だと考えています。確かにあなたが犯人のように見えますが、他の可能性だって考えられます。それなのに警察はあなたが犯人だと見て捜査している、これには違和感があります。何か他の理由を警察は言っていませんでしたか?」
「警察に、任意同行を求められて、応じたんです……。そこで取り調べがあって……防犯カメラの映像について、色々と聞かれました。その中で、父の会社についても……」
「父親の会社?」
「父は、葬儀社の社長で……。会社には頻繁に出入りするのかとか、あいつを殺したいと思ったことはないかとか、いじりについてとか、他にも色々聞かれました……」
警察の考えていることが何となく分かった。遺体を白骨にするのにもっとも適しているのはそもそも正式に利用されている火葬場だ。父親の会社を通して遺体を焼却したのではないかと考えているのだろう。もし、あの家とその葬儀社が利用している民営火葬場が近ければ、約十二時間という短い間でも遺体を焼却できるかもしれない。詳しく話を聞くと、あの家からその民営火葬場までは一時間ほどの場所に位置しているようなので不可能ではなかった。しかし、アリスのご両親に防犯カメラについて聞いた時に何も触れなかったので遺体の運び出しのようなものなど何も写っていなかったのだろう。故にまだ確定しているわけではないはずだ。
工藤瑞稀が写った映像と虐め、そして父親が葬儀社の社長。警察はこれらのことから工藤瑞稀が犯人ではないのかと当たりをつけたという事になる。結局は何も直接証拠がないので逮捕には至っていないが。
僕は顎に手を当てて思考を始めた。何も言わない僕を不審に思ったのか工藤瑞稀は「あ、あの……」と消え入りそうな声で話し掛けてきたが一切気にしなかった。
防犯カメラの映像による情況証拠や虐めの動画をばら撒かれることを恐れたという動機、父親が火葬場を利用できる立場にいるという辻褄。あらゆる状況が工藤瑞稀は犯人だということ推測として指し示している。しかし、そこに直接的な何一つ証拠はなかった。
数分程度だろうか、僕はある結論を導いた。それは、虐めの主犯格である工藤瑞稀はアリスを殺してないという事実だ。人から疑われているだけでこんなにも怯え震えている人間が人を殺すことはできない気がする。もし、殺す意思がなく誤って殺してしまったとしても、白骨になるまで焼却する度胸なんてないだろう。
それに目の前の彼女の様子が到底演技しているとは思えないし、僕を騙そうとしているようには見えなかった。もしそれほどまでに事件を隠蔽しようと考えているのであれば、火事を起こすためにわざわざ制服を着て現場に訪れるなんて証拠を増やすようなことはしない。一日経てば多少冷静になってまともな思考ができるはずで尚更だ。考えれば考えるほど、工藤瑞稀がアリスを殺したとは思えなかった。
すでに十分だった。もう当事者本人から話を聞き終わったし、我慢して優しい人間を演じ続けることも必要ない。僕は大きな溜め息を吐いた。
「お前は、有栖川琴葉が死んだことに罪悪感は抱いているか?」
「えっ……。ざ、罪悪……感?」僕の急な口調の変わり具合に驚いたのか工藤瑞稀の反応が少しだけ遅れる。
「有栖川琴葉はお前に虐められて、酷く苦しんでいた。それに対する罪悪感だ」
「それは……も、もちろん悪かったと、思ってます。警察に言われて、そんなに苦しんでたなんて、し、知らなかった……」
彼女の途切れ途切れの言葉に苛立ちが募った。
「……嘘だな。お前は彼女を虐めていたことに対して、何も感じていない」
「そ、そんなことは――」
「僕は有栖川琴葉の友人だ。相川っていう名前も偽名だよ。僕の本当の目的はお前の無実を証明するためなんかじゃない、彼女を殺した犯人を見つけ出すことだ」
工藤瑞稀の否定の言葉をあえて遮って、僕の本当の目的を一息で言った。椅子にだらっと座り直してちらっと視線を工藤瑞稀に向ける。彼女は何を言っているか理解できないと言わんばかりに口を開いたまま呆気に取られていた。
「お前は心から楽しんで虐めていた。そんなお前を僕がどう思っているかなんて、わかるだろ?」
きっと今の僕は虐めを楽しんでいた彼女のように意地の悪い表情をしているだろう。最大限の嘲りを込めて笑っているに違いない。
未だに状況をうまく掴めていないのか「ど、どういう……」と分かりやすく狼狽えている。
「分かりやすく説明してやる。俺はあの事件の犯人を探していて、その容疑者であるお前に嘘をついて近づいた。当事者の口からあの日起きたことについて聞くために。そして……犯人であるなら殺すために」
「こ、殺してないです!! 本当に、殺していない!! 信じて、ください!」
殺す、という単語に反応したのか工藤瑞稀はようやく自分が疑われていることに気付いた様子で一生懸命弁明し始めた。その焦りようが僕には無様で滑稽な姿に見えた。
「安心しろ。警察は情況証拠からお前が殺したと考えているようだが、俺はそうは思っていない。犯人は別にいる」
工藤瑞稀はホッと胸を撫で下ろした表情をしたが「だが……」と僕は言葉を続けた。
「だが……お前を恨んでいることに変わりはない。有栖川琴葉を虐めていたことは事実だ」
「ごめん、なさい! つい魔が差しただけで……」
「三ヶ月以上だぞ? 魔が差したっていうレベルじゃないだろ」
「そ、それは……違くて……」
「何も違わない。しかも、お前のそれは誠心誠意の謝罪なんかじゃない。ただの自己満足だ。不利な立場にいる自分を守るための見せかけの謝罪だ。何が悪かったかなんて考えてすらいない」
何も反論できなくなった工藤瑞稀はついには口を閉じた。だが僕は問答無用で言葉を続けた。
「……さっきお前は虐めじゃなくていじりだって言ってたよな? つまりお前は虐めとも捉えていない。トイレの個室に閉じ込めて汚水を浴びせたり、服に隠れた部分を刃物で傷つけたり、それら全てがお前にとってはただ遊びで自分は全く悪くないっていう顔をしている。そんな奴が今になって謝罪して来ても許すわけがないだろ」
いつの間にか工藤瑞稀の頬には涙が伝っていた。声を押し殺そうとしているようだったが、わずかに嗚咽が漏れてしまい泣き声が店内全体に届く。周囲の客や店員がちらっと僕たちを盗み見る。目の前に咽び泣く工藤瑞稀の姿が被害者ぶっているようで僕の中の苛立ちをさらに増幅させた。こいつの泣く姿を見る必要もこの場に留まる理由もなかったし、何よりもう我慢がならなかったので終わらせることにした。
その場をゆっくりと立ち上がると、周囲の視線全てが僕に集まるのが何となく分かった。この場では僕が悪役だった。こいつをどうにか辱めないと気が収まらなかった僕は工藤瑞稀に向かって言い放った。
「言っておくが、今すぐ殺してやりたいほど、俺はお前を憎んでる。それだけは覚えておけ」
言葉を吐き終わると大きく息を吸った。僕は目の前に置かれたグラスを手に持って、中の水を勢いよく工藤瑞稀に浴びせかけた。工藤瑞稀は顔と服全体に冷水を浴びると一瞬体がピクッと跳ねた。何が起きたのか理解するまで数秒遅れた様子だった。工藤瑞稀は絶望の目をして僕に視線を向ける。すかさず彼女の耳元まで顔を運んで僕は囁く。
「死ぬまで地獄を味わっていろ、この犯罪者が」
できる限り声を低くして犯罪者という単語を最大限強調しながら罵った。人生のトラウマになるよう、一生立ち直れないようにと願いを込めて。
最後の言葉を吐き終わると、僕は財布の中から千円を取り出して机の上に置きその店を後にした。去り際、近くにいた店員に「すいません」とだけ一方的に呟いた。
早足で自宅へ帰る中、昂った感情を抑えるのに必死だった。苛々が募ったままで物に当たりたくなる衝動に駆られたが、人も多く当たれるような物もなかったので、何とか少しばかりの理性で押さえつける。一旦先ほどの会話を一度忘れようとしていたが、余計に工藤瑞稀の被害者ぶる姿が脳内に思い浮かんで、ほんの少しばかり理性さえも飛びそうになった。
今更ながら、工藤瑞稀に水を浴びせただけではなく一発だけ顔面を殴っておけば良かったと後悔した。アリスが自殺を考えるほどまでに追い詰めた工藤瑞稀の罪は本来重いものだ。新聞記事や報道で虐めに関する事件が説明される際、よく『いじめ』や『イジメ』と表記するがこれは間違いだ。僕は『虐め』と表記すべきだと思う。大人の世界と同様に学校での虐めは法律で言うところの傷害罪や侮辱罪といった立派な犯罪行為なのだ。それなのにも関わらず、工藤瑞稀は虐めという名の犯罪では裁かれない。それはあまりにも理不尽なもののように思えた。
僕は世間的に見て良い人間ではない。だからこそ、人を人と思ってもいないような犯罪者がどのような悲惨な人生を送ろうとどうだっていいし、むしろ『ざまあみろ』とさえ言いたくなる。あんな人間が生きて、アリスのような善人が死ぬこの世界がどうしても許せなかった。
僕の心を支配する赤黒い感情が波のように浮き沈みする。このままでは家に帰ってまともに思考できる気がしなかった。頭を冷静にする必要があると考えた僕はシャワーも浴びず自室へ向かってベッドへ深く潜り込んだ。脳内に次々に浮かんでくる思考から意識的に背け、何も考えないように努めた。
ようやく眠りについたのはベッドに寝転んでから約三時間後のことだった。
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