*** 二〇二〇年 九月十日 木曜日

 アリスの実家を訪ねてから二日が経過した。その間、僕はあの日得られた情報を全て整理して、抱いた違和感や気になる点について思考を進めていた。

 まず初めに気になったのは手紙に書いてあった『この手紙を読んでしまっているということは私が自殺に成功したか失敗して殺された時だと思います』の一文だ。この手紙を書いていた時にはすでに死ぬことが決まっていて、殺されるのであれば虐めの加害者であるクラスメイトだと確定していたことになる。しかしこれは『彼女と決着をつけるつもりです』と書かれた文章と防犯カメラの映像にアリスがその加害者を家の中へ入れている所が写っていたという事実が指し示しているので問題はなかった。

 次に気になった文章は『こんな悲劇を繰り返してはいけない』の一文だ。あの手紙の中で唯一意味が通らない気がしたのだ。この一文には『この先自分ではない誰かを傷つけないように』という意味が一般的には込められているが、その場合この手紙ではどこの誰を指しているのかが分からなかった。ここにはアリスが決着をつけようと考えた理由や目的が隠れているような気がした。様々な理由を頭に思い浮かべる。

 辻褄が合うとものの中で真っ先に思い付いたのは『虐めに対する抑止力』として自ら殺されたというパターンだ。加害者が被害者を殺したという事件として報道されることで虐めは異常で重要な問題だと世間に知らしめる、世間を動かすきっかけを作る事が目的であればこれで辻褄は合うだろう。しかし同時に現実的ではないなと率直に思った。

 加害者が被害者を殺してしまったと報道されたところで、きっと世間は変わらない。こんなことで世の中から虐めが無くなるのであれば、被害者が自殺する事件が発生したことで世間は変わるはずだ。だが世界は変わっていない。自殺が他殺に変わったところででほぼ無意味な気がした。それに加えて、加害者に殺された後で何かイレギュラーな事態が発生してしまうと、この計画が無駄になってしまう可能性だってある。あまりにもリスクが高すぎるのだ。これが他殺ではなく自殺であれば、他の事件と比べても衝撃的ではないので尚更効果は薄くなってしまうだろう。

 どれだけ思考を進めても辻褄が合うような理由は他に何一つ思い浮かばなかった。仕方がないのでこの部分は保留しておいた。

 最後に気になった部分はなぜこの手紙を警察に見せてはいかなかったのかというものだ。もし、先程の『虐めに対する抑止力』が目的なのであれば、むしろ警察に提出して事件が虐めの加害者が犯人だと暗に伝えるべきだろう。手紙を警察から隠すという行為には何か別に意図が隠れている。

 ベッドの上に仰向けになって寝転びながらさらに思考を加速させて、ありとあらゆる仮説を立てては次々に却下してゆく。結局、あくまで情報を整理しただけで何一つ新事実が判明することなんてなかった。この事件の裏には何かしらの意図が隠れているはずだが、推理小説の探偵とは違って普通の高校生である僕には分からないことだらけだった。同時に頭の中に得体の知れない違和感が巣食っていることに気付いたがその正体が掴めなかった。その違和感から取り敢えず意識を背ける。

 そもそも虐めの加害者であるクラスメイトが本当に殺したのかも確定していないのだ。あくまで状況証拠だけが犯人であると示しているだけで何の確証もなかった。もし、アリスを殺した犯人が虐めを実行していたクラスメイトであるという前提条件が間違っていると、この事件について大きく見誤ってしまう。確かに警察とは違って証拠はいらないが、流石にその人物が人を殺せる度胸があるかはこの目で見て確認したかった。

 せめて、表情さえ見ることができれば……。そこまで考えていると、ある案を思い付いて同時に僕はハッと勢いよく起き上がった。

 なら、手っ取り早くその人物と直接会って話を聞けばいいじゃないか。あの日、アリスの家に出入りしていた女子生徒と面と向かって会話をすればどういう人物なのか少しは分かるはずだ。早速僕はその人間と接触するため、秋野さんに電話をかけた。警察は虐めの加害者の中に容疑者がいると考えているはずで、あの防犯カメラの映像から該当する人物をすでに探し出しているはずだ。任意同行で事情聴取をされていれば、警察が誰を疑っているかなんて校内全体にすぐ広まるだろう。数秒程度で彼女が電話に出ると僕は事情をある程度濁して説明した。二つ返事で了承してもらうとすぐに協力してもらうことになった。

 そして一週間後、アリスの家に出入りしていた女子生徒であり、虐めの主犯格である工藤くどう瑞稀みずきと喫茶店で接触することになる。前日の夜、どうしても頭の中で思考が止まらず、僕はあまり眠ることができなかった。

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