*** 二〇二〇年 九月四日 金曜日
どうしても目が冴えてしまった僕は水でも飲もうと階段を降りて台所へと向かった。その際、真横に設置されているトイレの扉が開く音がした。ちらっと視線を向けるとちょうどトイレから出てきた人物と目が合う。父と僕は運悪く鉢合わせてしまった。互いに気まずい沈黙が流れる。アリスについて尋ねられた日から僕たちは以前より増して互いに口を聞かなくなっていた。いや、僕にとってはいつも通りのことで、あくまで僕から会話を交わすことはなかった。明らかに口数が減ったのは父の方だった。
父はすぐに視線を逸らして無言のまま、そそくさと階段を登り始める。僕は階段下から引き止めるようにして父に声を掛けた。父がこちらを振り向くと僕はアリスの事件に関するある頼み事をした。警察である父であれば必ず知っている情報をどうしても知る必要があった。最初、父は僕に言うことを躊躇っていたが予め用意していた口実をうまいこと伝えると、渋々了承して後日教えてくれることになった。これでよりあの日の真実に一気に近づくはずだ。
「ありがとう」珍しい僕の台詞に父は驚いた表情をしていた。きっと父は僕が個別に調査していることにこれで勘付いたかもしれない。だとしてもすぐに限界がはずだと考えているはずだ。全くもってその通りで、ただ普通に一般人である高校生が調べようにも限界はすぐにやってくるだろう。だが父は唯一僕だけが持っている切り札を知らない。この切り札さえあれば僕個人でもある程度の調査によって推測することはできる。ましてや証拠なんてものは必要ない。僕はあの日起こった事件について証明するのではなく、現実的でより辻褄が合うような物語を作り出せばいいだけだ。
結局は最後に残った物語があの日の真相になるのだから。
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