第13話 もめ事

「そっちに行ったぞ。ガッツ!」

「おう」

 パトリックのかけ声に威勢のいい声で返すガッツ。

 そしてその瞬間、ガッツが構えた大楯に大型の犬型モンスターが衝突する。

 衝撃でガッツの体が後退する。

 だが彼の顔に焦りや恐怖といったものは浮かんでいない。そして体にも一切の傷を負っていない。完璧に縦で防ぎ切っている。

「今だ!」

 モンスターの後ろから接近したパトリックがその手に握ったショートソードで斬りかかった。

 獣の絶叫が響き渡る。

 斬りかかったパトリックと攻撃を受け止めたガッツ、二人が一斉に標的から距離をとる。

「アイシクル・レイン」

 ユウの後ろに控えていたスノウが普段と変わらない静けさを持ったまま呪文を唱えた。

 スノウに蓄積されていた魔力が形をもって襲いかかる。

 それは呪文の名のとおり、氷のつぶての雨だった。

 モンスターに襲いかかる数多のつぶて。

 動く体力もないのか躱すことすらしない。

 そしてつぶてが降り注ぐこと数十秒、ユウ達の標的は息の根を止めることになった。

 慎重に獲物に近づくパトリックとガッツ。

「よし、大丈夫だ。死んでいる」

 ガッツが落ち着いた声で任務の終了を告げた。

 四人の間にあった緊張感が霧散する。

「ふう、やっと死んだか。思ったより手強かったな。ま、言ったとおりちゃんと討伐できただろ」

 パトリックが少し粗い呼吸を整えながら感想を述べる。

「だが、少し危なかったかもしれないな。息が上がっていたし最後のほうは集中力が切れ始めていたぞ、パトリック」

 ガッツが勝利に酔うことはせず冷静な忠告をとばす。ガッツは依頼中になったとたん、街の中での陽気な性格は全くみせなくなっていた。

「う、うるさいな。」

 多少自覚があったのかパトリックの返事は若干うわずっている。

「やはり次はもう少しレベルを下げるべきだと思うぞ」

 今回、彼らが挑んだモンスターの名前はローンウルフ。レベルとしては初心者ランクであるE。だがEの中では強い側に分類されており、本当の初心者がいきなり挑むのはあまり好ましくないモンスターの一種だった。

 だがパトリックの、初めての依頼はこのくらいでないと、というよく分からない理由による要望で四人はその依頼を受けることしてしまったのだった。

 そして案の定、パトリックにとっては多少荷が勝ちすぎていた。

 ガッツの指摘にたじろいでいたパトリックは思い出したように大きな声をあげる。ユウのことを指差しながら。

「というか、仕方ないだろ。僕は二人分の仕事をしたんだぞ!そこの無能はやっぱりほとんど役に立たなかったじゃないか」

 やっぱりこっちにきたな。

 パトリックのいらだちがこちらにむくのはユウにとって予想通りだ。

パトリックは仮パーティにユウを入れることすら反対していたのだから。そのときはガッツがとりなしてくれてその場を収めてくれたのだがやはりまだ不満を持っていたようだ。

実際、ユウはほとんど活躍をしていなかったから仕方ないといえば仕方ないのだが。ユウができたのは最初にこちらの有利な位置までモンスターをおびき寄せたこと、スノウに狙いが向いたときに隠密状態を発動、解除をすることで注意を引きつけたことの二点だけである。

「それは事前に分かっていたこと。だからユウにも役割がある依頼を受けるべきだった。それとユウの分も働いたのはあなたではなくガッツ」

 唐突にユウの後ろから声が聞こえる。

スノウだった。ユウが出会ってから一番長くしゃべっていた気がする。

小さな声だが不思議と圧を感じる声だった。

「じゃあ、どんな依頼だったらよかったのさ」

 パトリックがスノウに体ごと向き直って問いただす。声はとがっている。

「もっと弱いモンスターの討伐やキャラバンの護衛とかの仮パーティが受けるのに適正な依頼」

「嫌だね、そんな地味な任務」

 即座に拒否するパトリック。

「僕がつくるパーティに欲しいのは強い人間なんだ。こんな姿を消すことしかできないやつじゃないんだよ」

 パトリックが吐き捨てた。

 表情を変えないまま口を閉ざすスノウ。ただじっとパトリックを見続けている。

 嫌な静けさがくる。

 気まずくなったユウがつとめて明るい声を出す。

「まあ、今回だけの仮パーティだから。次は別の人と組むから大丈夫だよ。」

「当たり前だ。お前と何回も組んでいられるか」

 にべもなく切り捨てられる。また静寂がきてしまう。

「なにをしゃべっている。依頼は終わった。帰るぞ」

 会話に参加していなかったガッツが入ってくる。

 彼の手を見るとローンウルフの牙を持っている。あれを剥ぎ取っていたようだ。

 ローンウルフの牙は討伐の証としてギルドに提出必要があるのだ。

「どうした、何かあったのか?」

 おかしな雰囲気を感じ取ったのかガッツが確認する。

「べつに。なんでもないさ」

 ぶっきらぼうに答えるパトリック。

 首をかしげるがそれ以上は追求しないガッツ。

「よし、帰るぞ」

 パトリックが改めてそう言う。そして歩き始める。

 その後ろに続くガッツ。

 ユウもそれにならう。

 が、その後ろにスノウがついてくる気配がない。それを感じたユウは振り返る。

 スノウはじっとユウを見ている。

「いいの?」

「えっ」

 突然の問いかけ。

「あんなこと言わせておいて、いいの?」

 続いてきた言葉で彼女が言いたいことが伝わった。

「いいんだよ。本当のことだし」

 さっきよりは自然に笑いながらユウは答える。

 まだスノウは動かない。

「別にパトリックと組まなきゃ終わりってわけじゃないし。他の人を探すよ」

「私は助かった。今日、あなたが敵を引きつけてくれて」

 いきなりの感謝の言葉に何も言えないユウ。

「だから、あなたは役立たずじゃない」

 少しの沈黙。けどさっきと違い居心地が悪くない。むしろ心地いいとさえ思えた。

「ありがとな」

 お礼を言う。心からのお礼を。

 小さく頷くスノウ。小さく、けど確かに。

「行くか」

「うん」

 二人は並んで一緒に歩き出した。

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