第14話 死

 依頼からの帰り道を順調に消化しているところだった。

特にイレギュラーな事態が起きることもなく、天候で移動速度が落ちるようなこともなく。

今は岩肌の谷間の道を進んでいた。

道の左右はむき出しの岩であり崩れてきたらひとたまりもないだろう。

だがこの道が街までの最短帰路だった。(来るときもここを通った)

「タイムイズマネー」

パトリックの一言でこの通るルートが決定した。

幸いここ数日は土砂崩れが起こすような雨は降っていないし、空は雲一つない晴天でこれから雨が降ることはないだろう。

 帰りの道中に会話はほとんどない。

 一番前を歩くパトリックはもうユウとは一言も話す気がないらしい。そしてユウをかばったスノウとも同じくだ。

 その次に歩くガッツとは唯一話す意志はあるようだが、ガッツにはその気は一切感じられない。

 彼はローンウルフ討伐中と同じく街中にいるときとはうって変わって静かなままで無駄な口は挟まなかった。時節、必要な人間と必要な時間話すのみだった。

 そして最後尾を並んであるくユウとスノウの二人。

 この二人は元々多く話す人間ではない。

 結果として静かな帰路となっていたのだった。

 だがユウは隣を歩く彼女ともっと話をしたいと思いながら歩いていた。

 今回の仮パーティで脈があるのは彼女しかいないとユウは思う。

 パトリックは論外としてガッツも組んでくれるかは怪しい。スノウがかばってくれたとはいえ、ユウがローンウルフ討伐においてあまり役に立たなかったのは事実なのだから。

 そんな彼らに対してスノウはユウが役にたったといってくれた。

 もちろんお世辞に過ぎない可能性もあるが彼女はそんなことをいう人物には思えかった。

だからこそ、組んでくれる気がするのだ。

後衛のスノウとサポートのユウの二人だけで組んでもパーティとしては安定しないだろう。

だが二人で組んでいればそこから必要な能力の人間を募集すればいい。一人で探すよりは応募してくれる人も多いだろう。

ということでユウの直近の課題はいかにしてスノウにパーティ結成を申し込むか、である。

隣を歩くスノウを一瞬盗み見てみるユウ。ユウより背が低く、帽子を被っているため顔は見えない。そのせいで彼女の機嫌が分からない。(元からわかりにくい人ではあるけれども)

話しかけるかどうか悩むユウ。何度も誘えるわけではない。なんだったらチャンスは一度かもしれない。タイミングは最重要といっていい。

街についてギルドで依頼達成の報告をしたらすぐに今回の仮パーティは解散となる。その後改めて新しい仮パーティへの参加を申請できる。

 再申請の前にはスノウに言い出さなければ。

 そのタイムリミットがユウを焦らせる。

慎重に、だが迅速に。

隣を気にしながらそんなことをずっと考えているユウはしっかりと前を見てはいなかった。

突然なにか大きなものにぶつかる。そして足が止まる。

視線と意識を前に向ける。そこにいたのは立ち止まっているガッツ。ぶつかったのは彼の大きな背中だった。

「どうしたんだ?」

「しっ」

 姿勢をかがめ音をださないように指示を出すガッツ。太い腕を後ろの二人の前にかざして進むことを阻む。その視線は周りの崖上を警戒している。

「パトリック、戻れ!」

 大声で前を漫然に進んでいたパトリックを呼び戻す。

「なんだい?」

 あまりにも気の抜けた声で答えながら頭の上で腕を組みながら後ろを振り向くパトリック。

「戻れ!敵が近くにいる!」

「どこにいるんだい?静かなもんじゃないか」

 真剣味を帯びないパトリックの声。

 その瞬間、上から飛び出す一つの影。

 それは爆音と砂煙を生みながらパトリックとその他三人の間に着地する。

 人よりも大きく、そしてそのしなやかな動きを可能にする柔軟な体躯。その体はパトリックをむいておりユウ達から見えるのはその背中である。だがそのモンスターをユウ走っている。

 ユウはそのモンスターをごく最近、その目で直接見ている。ただし、死体になったものをだ。

「ジャイアントスネーク!」

 ユウが無意識にその名を叫ぶ。

「二人とも下がってろ!」

 ガッツがユウとスノウを守るように前に進み出る。

 そして直接対峙しているパトリックは己の武器を構えている。戦うつもりだ。

「よせ!一人で戦うな!」

 ガッツが制止しようとする。

 が、その言葉はパトリックには届かない。

「大丈夫、こいつの資料は確認済みだ。倒せる!」

 そういって立ち向かっていくパトリック。

 ジャイアントスネークがその牙で小さな人間をかみ砕こうとその体を伸ばす。

 パトリックは横に回転して躱す。

 動きはついていけているようだ。

 これならなんとかなる。

 そんな考えがユウの頭に浮かぶ。

 そのときついさっき聞いたばかりの轟音がもう一度耳に伝わってくる。ジャイアントスネークが現われたときの着地音。

 聞こえた方向をみる四人。それはパトリックのすぐ後ろ。

 今度こそ本当に思考が止まり声を出すことすら出来ないユウ。

 そこにいたのは二体目のジャイアントスネークだった。

 さしものパトリックも驚きで固まってしまっている。

 そんなことはお構いなしに二体目のジャイアントスネークが牙を突き出しながらパトリックに突進する。

 硬直が解けてなんとか持っている剣でそれを防いだパトリック。

 がら空きになる彼の背中。

 そこに飛びついていくのは最初の個体。

 目の前に必死でその動きに気がつかない、気がつけない。

「パトリック!」

 ガッツの叫び声。

「え?」

 それに反応して後ろを向くパトリック。

 そのとき、自然とユウは彼と目が合う。まるで時間が引き延ばされたように感じる。

 状況を理解していない目。いままでで一番純粋な気持ちを表した目。

 スローモーションに感じた時間が終わる。

 次の瞬間、パトリックの上半身が見えなくなる。そこにあるのはどう猛な目をもつジャイアントスネークの頭部。

 その口から出ているのはパトリックの下半身。最初の数秒間それにあった動きはすぐに緩慢になっていき最後には完全に停止した。

 飲み込むジャイアントスネーク。

 数分前には普通に生きていた男、傲慢ながらもたしかな力をもっているように思えた冒険者だったパトリック。

 動かなくなったその体はいまモンスターの腹の中に収まっている。

 つまり、彼は死んだのだ。

 どこか現実感のない出来事を前に、ユウはそんな当たり前のことを思い浮かべることしか出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る