第9話 気まずさ
気まずさを誤魔化したい。
なんとかしたい。
それが今ユウの心からの願いだ。。
なにせかれこれ数十分間二人の間に
「ユウ、買ってきて」
「はい」
並んでハキを買ってくる。
「買ってきたぞ」
「ありがと」
という流れのハキを買うために必要な会話しか発生していない。
イヴが食べたハキの数はついに二桁を超えて十四本に到達した。
そして彼女の手には十五本目のハキが握られている。それを未だにユウの背中に視線を向けながら食べているのである。
ユウの背中にまさかなにか面白いものでもついているのだろうか。
いやそんな理由ではないことぐらい分かっている。だがそんなつまらないことを考えてしまうくらいに思考が行き詰まっているのだ。
イヴが視線を送ってくるようになったのはスノウと出会ってからだ。だから真っ先にスノウに関することだと思った。
だがなにも聞いてこない。
イヴの性格からして気になることは真っ先に聞くはず。だからなにか気になることがあるわけではないはずだ。
となると、なんだろう。
それだけでユウの悩みは超難問へと変身してしまった。
ハキを食べ続ければいずれ解消されるかと思ったがそれはないようだ。
数十分経ってもイヴの視線のロックが解除されることはなかったのだから。
となれば、イヴがその問題を忘れるほど楽しめるように祭を案内するしかない。
で、どこに連れて行けばいいのだろう。
元々どこに行けばいいのか分からないので街の案内所に向かっていたのだ。そこでイヴに捕まったユウにはどこにいけばいいのかが全く分からない。
かといって今来た道を戻るわけにはいかない。
とりあえず、ギルド酒場にでも行くか。
結局思いつく先は慣れ親しんだいつもの場所である。
歓迎祭だからといって何か催しがあるわけではないだろうが、最悪飯を食べさせれば解決するかもしれない。
さらに欲をいえばエルシャさんが仕事を終わらせてイヴの相手をしてくれないだろうか。そうしてイヴのお着き役から解放されたい。
そんな淡い期待も持ちながら酒場に向かう道に曲がる。
後はこの大きな道をまっすぐ行けばギルド酒場に着くはずだ。
「ギルド酒場?」
行き先に気がついたイヴが久しぶりに話しかけてくる。
「あ、ああ。そんなにたくさん食べてるから腹が空いてるのかなって」
「別に、このくらいの量はお祭りなら普通でしょ」
全く普通ではない。常人の胃袋に簡単に入る量では決してない。
「べつの場所の方が良かったか?」
「いいわよ、酒場で」
イヴの了解も得た。
とういわけで酒場にレッツゴー。
空元気を振り絞って前に進む。
そういってまた二人の間に無言が生まれ、酒場までの道を進み始めた。
気まずさマックスの空気を耐えきりついに酒場にたどり着くイヴを伴ったユウ。
店前で止まることなくそのまま酒場の中に入っていく。
先ほどユウが一人で来たときから変わらず中は人でごった返していた。
祭の影響はまだまだ健在だ。
空いている席がないかを歩きながら視線を動かして探す。
そのときに気がついた。
客がついているテーブル。その上に並んでいる料理の数々。
ほとんどは酒場の定番メニュー。ユウも頼んだことのあるものがほとんどだ。その中に混ざって存在する普段見ない料理、ハキがあった。
さっき来たときは気がつかなかった。
「ここでも出してたんだな、ハキ」
「?」
首をかしげるイヴ。彼女はユウの後についてきてるだけで周りを見回していなかった。
「酒場でもハキが食べられるんだなって。てっきり食べ歩きのための屋台料理だと思ってたよ」
「本当だ」
素っ気ないイヴの返事。
やはりといっていいのかイヴの反応は薄い
そのことに戸惑いつつ改めて席探しに集中するユウ。そうすることで少しでも気を紛らわせようとする。
あった。
端の端にある二人用の席。普段なら使われなさそうな場所。ユウも使ったことがない、それどころかそんなところにあるとは思っていなかった席。
イヴが先に席に着いてその対面にユウが座る。
座ったとほぼ同時にイヴは手を挙げる。注文するために店員を呼ぶためだ。
混んでいるためなかなか店員がやってこない。
また無言の空気が流れる。
それを嫌ってケンもイヴに合わせて手を挙げる。店員を早く来い。そんな気持ちを込めて。
席につく二人がどちらも手を挙げている。そんな熱心な(端から見ると可笑しな)二人は目につきやすかったのか間をおかずに店員が注文を受けに向かってきた。
可愛らしいエプロン姿の店員が客の片方がイヴだと分かって一瞬足が止まる。顔も一瞬ゆがんだように見える。だがそこは給仕のプロ、すぐに何事もなかったのように綺麗な笑顔になって二人の席までやってくる。
イヴにばれないようにチラッと彼女の表情を覗うユウ。
だが慣れたものなのか、それとも諦めたのか店員の態度でイヴの様子に変わったところは見られなかった。淡々と料理を注文していく。
相変わらずのすごい量だ。まるでここにくるまでに食べた大量のハキのことはなかったかのように注文していく。当たり前のようにハキも入っている。
ユウはドリンクと軽食を頼んだ。
大量の注文をなんとか書き留めきってから店員が軽くお辞儀をして席から離れていく。
イヴは右肘を机につきその手の上に顔をのせて物憂げにしている。
先ほどから本当にどうしたのだろう。
普段の迷惑なほどの元気はどこへ行ったんだ。ユウは段々と不安になってくる。
「大丈夫か」
恐る恐るといった様子でユウは訊ねる。
「なにがよ」
イヴが何を言っているのか分からないといった様子で聞き返す。ちょっと怖い。
「いや、さっきからなんか静かだなって」
「…そんなことないわよ」
そんなことある。いつもならこんなこと言ったら鼓膜に直接響くような声を上げるに決まっている。
だが否定さるイヴに強くでれないのがユウである。
「あ、そう」
そして訪れる沈黙。ユウもいい加減慣れてきた。全く居心地の良いものではないが。
頼んだ料理のうち一部を給仕係が運んでくる。ハキもある。
頼んだ量が量なだけにその一部の料理だけでもテーブルの上が埋まっていく。
早速イヴが食べ始める。最初に手をつけたのはハキだった。気に入ったのかもしれない。
黙々としかしすごい勢いで数々の料理を平らげていくイヴ。
それを眺めつつ軽食を口に運ぶユウ。
二人とも食事というやることがあるぶんさっきまでの沈黙よりは気が重くならずにすんでいるユウはやっと一息ついた気分だ。
食事の時間が流れる。それがいくらか経ったとき。
突然テーブルが力強く叩かれる。
その音に驚くユウと全く気にせず食べ続けるイヴ。
ユウが音の発生者を見る。エルシャさんだった。いつもなら笑顔があるそこには真剣そのものと分かる表情がある。
いつもどこか余裕を感じさせてくれる雰囲気もどこへいったようだ。若干息が上がっているようにも見えた。
来た人がエルシャさんと分かっていたイヴは食べることを止めない。
いつもならそんなイヴを注意するエルシャさんだが今日はそんなことはしない。
真剣な表情のままイヴを見る。そしてこれまたいつもと違う怖さすら感じるような真剣な声で一言、はっきりと告げる。
「イヴ、緊急依頼よ」
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