第8話 祭めぐり2

「あ、あそこにも売ってる。ユウ、買ってきて」

「はいはい」

 イヴに命令されるがまま賑わう通りの端にある行列に並びに行く。

 放置されているとはいえこちらの世界に呼んだ張本人である。そんなイヴには逆らいがたい何かを感じてしまうユウであった。

 目的は先ほど俺も食べたハキである。

 食べることが好きなイヴからしたら流行りの料理を逃す理由はない。

 それを自分で並ばずユウに買わせようとしているのである。

 自分で並んで並べよ、と心の底から思う。

 が、問題なのはそこではない(もちろん不満であることに変わりがないが)

 問題なのはイヴが食べているハキの量である。

 ユウがイヴのハキのために列に並んだのはこれで都合七度目である。

しかもそれぞれ違う店で並んでいる。なんでも色々な店の味を食べたいらしい。(少なくても見た目からは違いがあるようには見えない)

 順番が回ってくる。すでに準備した代金を渡しハキを受け取る

さすがにこれだけの回数買うと購入のやりとりも素早くなってくる。

道の真ん中で堂々と待っていたイヴのところに行き手に持ったハキを渡す。

「ほらよ」

「ん、ありがと」

 言葉の意味ほど感謝した様子もなくすぐに食べ始める。

 それを確認してから歩き始める。するとイヴが食べながら横に並んで歩く。

 祭を案内しろと言われたが、こっちだって案内所にそれを訊ねようとしていたくらいなのだから祭の巡り所なんて分からない。

 だから適当に街の中を歩いているだけだ。そしてイヴがハキを食べ終わり、次の店を見つけるとユウを並ばせて新しいハキを買うといったことをくり返していた。

 二人の間に会話はない。

イヴは食べるのに夢中だし、それを邪魔してまで会話する内容をユウは持ち合わせていない。

 そうして少し歩いたころ、イヴの手が空いた。

 彼女の目が辺りを見渡し始める。また店を探し始めたらしい。

 まだ食うのか。今日はハキ以外食べる気がないのか。そんな勢いで食べている。

 足を止めるイヴ。

 その視線の先にはハキの店。

「ユウ、お願い」

「…はい」

 合計八回目のハキの列である。自分の分を含めれば九回、次で二ケタの大台にのってしまう。

 だがそれでもイヴは食べるつもりであるしユウにそれを止めることはできない。

 そしてまた列の最後尾を一人分長くすることになったユウであった。

 列に既視感があった。

 だが、なにがその感覚を与えているのかがユウにはすぐに気づけない。

 考える。

 そして気がつく。

 俺の前に並んでいる人間、その背丈と服装だ。

 低い身長、そしてその体をまとうルーキーの冒険者のうち魔法使いが纏っていることが多い黒のマント。

「スノウ?」

 無意識に声が出ていた。

 振り向く。前に並ぶ小柄な少女が。

 やっぱりスノウだ。

 だが返事をしてくれない。

 理由は明白だった。

 後ろからは分からなかった彼女の二つの手。そこには今日で何度見たか分からない料理が握られている。

 ハキだ。

 両手に握られたハキ、その片方を食べている途中のようだ。右手に握られたハキが半分くらいのサイズになっている。

 そしてスノウの小さな口。その横にある頬がかすかに膨らんでいる。

「お前もか…」

 衝動的にうめいてしまう。

 首をかしげるスノウ。

 口をいっぱいにしながら首をかしげるスノウは可愛く見える。だがユウにとってはその両手にあるものがその魅力をどうしても下げてしまっている。

 スノウの口のサイズが元に戻る。

「どうしたの?」

 ユウの態度が気になったのかスノウはショッチョクに疑問をぶつけてくる。

「いや、なんでもない」

「そう」

 そういってまたハキを口に運ぶ。

 並んでいる列も前に進んでいく。

「お前、まだ両手に持ってるじゃないか。なのになんでこの列に並んでるんだ?」

 食べかけのほうのハキを前に見せてくる。

 口の中のものを飲み込む。

 そして前に出したハキを食べきる。

 もぐもぐ、ごっくん。

「片手が空いた」

「はい…」

 なにも言い返せない。

 そしてスノウの順番が来る。

「一つ下さい」

 簡潔な言葉を小さく、だがはっきりと聞こえる声で注文する。

 空いた手で新しいハキを受け取る。

「それじゃあ、また」

 そういって小さく会釈するとスノウは人混みの中に消えていった。

「ほら、兄ちゃんの番だよ。何本だい?」

 順番が回ってきても注文しないユウにハキ売りのおじさんが声をかけてくる。

「あ、ぼくも一つください」

「あいよ」

 一つ手渡してくる。

 それを受け取りイヴの元に帰る。

 イヴは全く同じところでユウのことを待っていた。

「ほら、買ってきたぞ」

 ハキを手渡す。

 無言で受け取るイヴ。

 形としての感謝の言葉すらない。

 さすがに少しムッとするユウ。

「誰?」

「?」

 ユウは首をかしげる。

 「さっき話してた子、誰?」

 少し長くなった質問をもう一度投げてくるイヴ。

 話してた子?…ハキ屋のおじさんのことではないだろう。

となると、スノウのことか。

「今日会った初心者冒険者の子だよ。俺と同じで歓迎祭恒例の初心者同士のお試しパーティ編成会に参加するらしいよ」

 とりあえず知っていることを話す。

「ふーん」

 自分から聞いておきながら興味なさそうに生返事してくる。そしてさっき渡したハキを食べ始める。

また沈黙が訪れる。

 そして歩きだす。先ほどまでと同じ繰り返しだ、

 そうさっきまでと同じはずだ。

 なのになんだ、この気まずさは。

 なぜなんだ。

 こっそりとユウを盗み見る。

 赤い。綺麗な赤だ。思わず見取れてしまうほどに綺麗だ。

 そんな単純な感想しか出てこない。

 それはイヴの眼だった。

 視線が交差した。

 イヴがこちらをじっと見ていた。それはもう、じっと。

「なによ?」

「いや、なんでも…」

しどろもどろになりながらなんとか返事をした。

「あ、そう」

 素っ気なく返すイヴ。

 気まずさが最大になりイヴのほうを見ていられない。

 視線を前に戻し、また歩き始まる。

 後ろからイヴがついてくる気配がする。

 気まずい感じは続いたままだ。だがさすがにまた振り返る勇気はユウにはない。

 そのまま前に進んでいく敷かない。

 ふと思った。ユウが振り返るとすぐにイヴと目が合った。ということはイヴもこちらのことを見ていたのではないか。

 それが今の気まずさの原因なのではないか。

 なんのために?

 ユウの頭の中でその疑問がくるくると回り始めた。

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