第7話 祭めぐり

 そしてまた長い時間をカウンター前の列の中で過ごしてからギルドによるパーティ構築への参加を申し込んだ。

 並ぶ前にぶつかったスノウという女の子は俺の前に並んでいたので先にカウンターに呼ばれていた。手続きも先に終わらせたらしくすでに姿が見えなくなっていた。

 待っているときに時折前に並んでいるので様子を覗ったりしたのだが彼女は正確な機械のようだった。列が動かない間は微動だにせず、列が進んだらその分だけ前に歩く。そして止まったらまた完全に動きを止める。その繰り返しだった。

 待ち時間が長かったので暇つぶしに少しでも会話出来ないかな、と思ったりしたのだがそんなことは出来なかった。(欲をいえば顔見知りの冒険者を増やしておきたかった)

 そのことを残念に思いつつ自分もギルドを後にする。

 パーティ構築への申し込み期限は明日まで。

 その後ギルドが申し込み者をパーティに割り振るのでパーティの発表は明後日になるらしい。

 つまり今日と明日はやることがないということだ。

 明日は一日で終わる近場での依頼をこなすとして今日はどうしようか。

 特にやることが思いつかない。

 久しぶりにゆっくりするか。

 元々今日一日はギルドで仲間探しをするつもりで依頼を受けるつもりはなかったのだしラッキーだと思っておこう。

 それに今日はせっかくの歓迎祭のまっただ中なのだ。普段とは違う街を見て回るのはとても楽しそうだ。

 ギルドを出てすぐの通りも普段に比べて明らかに人が多い。しかも皆、大いに賑わっている。子供連れの親子、観光に来たであろう人の集団、それらに元気よく声をかけて店の宣伝をしている店員達。

 その雰囲気につられて自分も浮き足立ってきているのが分かる。

 思えばこちらの世界にきてから何かを全力で楽しんだことはなかったかもしれない。

 よし、今日は全力で祭を楽しむか。

 そうと決めたらなにをするのか、どこを見て回るのかを考えよう。

 どこかに街の案内所みたいなところがあるはずだし、そこで訊ねてみよう。

 そういうところは外邦の人のための場所のはずだからおそらく街の入り口付近にあるに違いない。

 とりあえずの目標を決めたので早速歩き始める。

 いつも依頼へ出発するために通る道を歩いて行く。いつもはただ街からでるためだけだし見慣れた風景なので気にもとめない周りの景色に目引き寄せられてしまう。結果的に歩く速さも普段よりゆるやかだ。

 多くの人が行き交っている。多くの大声が聞こえる。皆楽しそうだ。

 よく見るとたくさんの人が食べ歩きをしながら道を進んでいる。

 それ自体は祭の最中であることを考えれば普通だ。食べ歩きをしている人の手にあるのはほとんど同じもののようだった。

 こんがりとした色の揚げ物らしきものを紙で包んで持っている。

 道の周りに列をなしている店々をよく確認するとそれらしき食べ物を売っている店があるのが分かる。しかも一店ではなく複数の場所で売っているようだ。

 気になる。

 一番近くの店に並ぶ。食べ歩き用の簡単な料理らしくすぐに順番が回ってくる。

 元気がいい店員にお金を払って一つ購入する。

 できたてなのか熱々だ。そして店員にきいたところ見立て通り揚げ物だった。

 「ハキ」という別地方の郷土料理の一種らしく、この街で最近流行っているらしい。

 街の入り口へ向かってまた歩き始め、と同時にハキを一口食べてみる。

 熱々の衣の中は色々な葉物と肉が餡になって入っている。元の世界の春巻きみたいな料理だった。普通においしい。

 大した距離を進む前に食べきってしまう。もう一つ食べようかとも思ったが止めた。

 これから祭を回るなら他にも食べたいものがあるかもしれない。

 ここは我慢だ。

 店や食べ歩きしている人達からのハキの誘惑をなんとか無視して歩き続ける。

 そんなこんなして歩いて、目標だった街の入り口にたどり着く。

「さて、案内所はどこかなぁ」

 道の端で立ち止まり周りを見渡してみる。

 ギルド前やここに来るまでの通り道にも大勢の人がいたがここのごった返しようは比べものにならない。

 人だけではない。行商の一団と思われる馬車列、街にやってきた旅人の一団。彼らを出迎えている街の人々。逆に街から出発しようとしている一団とそれを見送る人達。

 服装や人種、果てや連れている動物まで多種多様だ。こういうのを人種のサラダボウルというのだろうか。

 社会の教科書かなにかで見た言葉をなんとなく思い出した。

 そんなどうでもいいことに頭を使っていると街の入り口のほうがよりざわつき始めた。

 遠目からでも旅行者達や行者の馬車が端に避けていき道が空いていくのが分かる。

 どうしたのだろう。

 そう思っているとその原因が外から街の入り口にやって来るのが見えてきた。

 入り口の前が坂になっているので原因の上部分が先に姿を現してくる。

 顔だった。巨大なヘビの顔。

 しだいに見えてくる全体像。

たくさんの動物に引かれた台車。それに乗せられているのが巨大なヘビ。もちろんその目に生気は感じられない。死体だ。

冒険者が討伐したんだろう。

ジャイアントスネーク。

街近くの密林の奥深くに生息するモンスターで街付近ではトップクラスのモンスターに分類される。だがそれは街の付近の話であってモンスターの分類全体でいうとCランク相当である。

つまりCランク冒険者で構成されたパーティなら十分討伐可能なモンスターということだ。

Dランクでも複数のパーティで挑めば不可能というわけではない。(Dランクが挑むことは滅多にない)

だからこそこの街では定期的に運び込まれるモンスターなのでこの街の人間にとってはそう珍しい光景ではない。

だがやはり外の人達とってはすごい光景なのだろう。人々が道を譲りつつ。物珍しそうに眺めている。

ヘビが寄ってくる。

ユウや周りの人も道を開けようとする。

「あ、ユウ!」

ヘビから声が飛んできた。

と一瞬思ったが、正確には台車にのったヘビの横にいた人物が放った声だった。

身軽に飛び跳ねて台車から降りるとこちらに寄ってくる。

見知った人間だ。

俺をこちらの世界に呼び寄せたAランク冒険者の少女イヴだ。

台車に乗っていたということはあいつが討伐したのか。

あいつはパーティを組まないはずなので一人で討伐したということだ。

「なにしてるのよ、こんなところで」

 目の前までやってきたイヴが訊ねてくる。

 その身を包む武具は今から出発するかのようにピカピカだ。

 つまりはイヴにとってジャイアントスネークはその程度のモンスターということだろう。

 すごいというか、なんというか

「ん?どうかしたの」

こちらの気も知らずなんの気なしに話を続けようとしてくる。

「なんでもないよ、今は歓迎祭を回ってたんだ」

「歓迎祭?今日からだったの」

「そうだよ、知らなかったのか?」

「…ええ」

 答えたあとに何か考え事を始めるイヴ。

「ユウは今一人で回ってるの?」

「…そうだけど」

 嫌な予感がする。

「よし」

イヴが何かを思いつく。いや決心する。

「ユウ、暇なんだから私を案内して」

「…どこに」

「祭に決まってるでしょ、祭に」

「ですよね」

 俺の穏やかな休日は幕を閉じた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る