第41話 雨降って地固まる

  ◇


 翌朝――


 半壊した宿屋で目を覚ましたふたりは、ネトレールのいない寂しさを紛らすように手を繋いでベッドに横たわっていた。


 ごろん、とふたりで見つめ合うと、マイヤの艶やかな黒髪が零れ、琥珀色の瞳が笑う。マイヤは、人間に戻ったのだ。


「んふふ。ルデレくんと今日も一緒……♡」


「そうだね。一緒だね」


 こんなやり取りを、ふたりはかれこれ三時間くらいしていた。


 時刻はもうすぐ昼の十二時。

 いよいよもってお腹が空いてくる頃合いだ。


「さぁて! 愛妻の手料理のひとつでも振る舞っちゃおうかしら~♪」


 ベッドから半裸のマイヤが起き上がり、買い物袋を漁り始める。


「パンと~♪ ハムと~♪ チーズで~♪ サンドイッチ♡」


「美味しそう!」


 もはやバカップル丸出しである。


「あ。サンドイッチといえば。こないだメアリーさんに聞いたんだけど、聖都の西区にある喫茶店が隠れた名店らしくって。珈琲とサンドイッチが絶品らしいって……」


 瞬間。ルデレの頬を鋭利なバターナイフが掠めた。


 にこ~♡っと、マイヤが殺意の笑みを向ける。


「ルデレくん……その、メアリーって女、誰? 私、知らない」


「聖都の薬師の先輩だよ! ただの同僚! 冠位の先輩! マイヤの思うような仲じゃあない――って、ひゃわあっ!? 待って待って、ナイフは投げないで!?」


「ちょ――! 今、フタゴボシの秘薬で私の動体視力をトレースしたでしょ!? 勝手に躱さないでくれる!?」


「躱さなかったら刺さっちゃうよ!」


「狙ったのは服よ! 服の隅々を壁に縫い付けて、ルデレくんをこの部屋に監禁してサンドイッチを『あ~ん♡』するんだからぁ!!」


「普通に『あ~ん♡』してよぉ!?」


 ばたばたと、騒がしい足音の響く宿屋の一室。

 マイヤは無事に人に戻ったし、『吸血鬼の涙』はなんでも治す万能薬……

 との話だったのだが。


 いくら幻の薬草が世界中のいかなる病いを治せても。


 ――ヤンデレだけは治らないらしかった。


  ◇


 ひと悶着あってようやく完成したサンドイッチを頬張りながら、ルデレはマイヤに問いかけた。


「これからどうしようか。ふたりともめでたく冠位一級の冒険者になれたわけだし、このまま上位クエストをギルドから受注するだけでもかなり余裕のある生活を送ることはできると思うんだけど……」


「私はルデレくんと一緒ならなんでも♡」


「え~。そんなこと言われても……何かないの? 僕はね、コーレィさんみたいに、人の世に役立つ研究を進めたいと思っているんだ。僕は、マイヤのおかげもあって吸血鬼の毒や生体に詳しい薬師になれたことを評価されている。だから、今後魔族と大きな戦争になった場合に、吸血鬼という圧倒的高位魔族を前にして負傷者がたくさんでるようなことがないように、僕の薬を他の人でも調合できるように、マニュアルみたいなものを作って発表して、特許をとって――みたいなことを考えているんだけれど、どうかな?」


「いいと思う!」


 にっこにこと、胸元丸出しのパジャマ姿でサンドイッチを頬張るマイヤが可愛いが、せっかく恋人同士になれたんだ、もう少しマイヤの希望も叶えたいのに……


「ねぇ。マイヤ。マイヤは世界に散らばる『聖剣』に興味はないの?」


「『聖剣』?」


「そうだよ。よっぽどの実力者しか抜けないという幻の刀剣たち。マイヤの手にするその【黒ノ羽々斬】も魔族退治に特化した妖刀――要は聖剣なんでしょう? それを抜いたから、マイヤはお師匠さんの元へ修行の旅に連れていかれた。その身に余る力を、使いこなせるようになるために」


「ルデレくんと離ればなれで、酒浸りなおっさんの子守りの……思い出すのも忌々しい辛く苦しい日々だったわ……」


「でも、お師匠さんは世界で一番強い一級剣聖なんだよね?」


「一級の肩書きはあくまで強さをあらわす指標よ。人柄は度外視なの。まったく、あんなのが一級だなんてギルドの目も節穴……」


「でも、強いんだよね? マイヤ、一本取ったことないんでしょう?」


「んぐぐぐぐ……!!!!」


 悔しそうにハムを噛み千切るマイヤも可愛いが、その様子だと、マイヤはやっぱり負けず嫌いなようだ。

 僕は、最強と呼ばれるマイヤにもまだまだ『望み』があるじゃないか、と嬉しくなった。


「ねぇマイヤ。世界に散らばる聖剣を集めて、お師匠さんから一本取ろうよ! 僕と一緒に!」


「え?」


「マイヤのお師匠さんは、いつも魔王軍の残党狩りに忙しくしているんでしょう? だったら彼の足跡をたどって魔族の被害に困っている人たちを助ければ人の役に立つこともできるし、僕もまだ見ぬ薬との出会いがあるかもしれない。行く先々でネトレールに会うことがあれば、お礼も言いたいし。だから一緒に……聖剣を探そうよ!」


 『聖剣』という響きに憧れが捨てきれない僕が瞳をきらきらさせていると、マイヤは根負けしたように微笑んだ。


「まぁ、聖剣一本で勝てないなら、二本なら……って話よね?」


「そう! その意気だよ!」


 ――旅の方針が決まった。


 僕は聖都で薬の研究をまとめながら、マイヤは聖剣の在り処を探す。

 そうして、目途が立ったらまたふたりで旅に出るのだ!

 世界をまたにかけた、ふたりの旅を。


「ふふっ。二刀流のマイヤかぁ……見たいなぁ!」


「まだ抜けるとわかったわけじゃないのに。ルデレくんってば、気が早い。それに、私は……聖剣よりも……」


 ごにょごにょ、と呟いて、マイヤはちらりと頬を染めた。


「ルデレくんの、夜のエクスカリバーをヌキたいな……」


「ふえっ!?」


「なんてね♡」


 マイヤは口元をナプキンで拭くと、ゆったりと立ち上がって後ろから抱き着いた。そうして、ルデレの耳元で囁く。


「……昨晩はすごかったね♡」


「そ……そんなこと、ないよ……」


「ルデレくんとあんなに連戦することになるなんて思わなかった♡」


「それは……マイヤが可愛いから……」


「あ~ん! ルデレくん大好き!!」


 ぎゅうっと抱き着かれると、昨晩の感触を嫌でも思い出してしまう。


「ま、マイヤぁ……」


 ルデレはたじたじになりながらも、そのままソファに押し倒されて、聖剣探しは結局翌日からのスタートとなるのであった。


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※あとがき

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