第40話 吸血鬼の涙

「ルデレくん、ルデレくんっ……! ああああああああっ!」


 紅い月の夜に吸血姫の慟哭が響く。

 窓が割れ、地鳴りが宿場町を襲った。


(殺す。殺す。殺す。たとえこの命が枯れ果てようと、ネトレールだけは、絶対許さない!!!!)


 マイヤは唇を噛み締めて、その想いをも嚙み殺した。


 復讐は後でいい。まずはルデレの治療が先だ。


 だが、こんな夜更けに医者はいないし、染粉で髪を染めても間に合わない。

 ギルドへ助けを求めれば、吸血姫として一斉に取り囲まれて始末されるだろう。


(どうしよう。誰か、誰か……!!)


 ――助けて……!


 縋るように追われるように窓から飛び出したマイヤは、瀕死のルデレを抱えて飛翔した。どこもかしこも人間だらけで、魔族の医者なんて聞いたことがない。


 行く宛ても無く彷徨ってもルデレを消耗させるだけだと判断したマイヤは、せめて自らも後を追おうと、町はずれで一番美しい花の咲く丘に来た。


 まるで天然の棺桶のように、そこには一面白い花が咲いていた。


「ルデレくん……ああ、愛しているわ。ルデレくん……」


 ルデレは青白い顔をして、息も絶え絶え、返答はない。

 マイヤはその頬に、再び涙を零した。


「愛しているわ、ルデレくん。たとえこの、愛の炎が世界の全てを焼き尽くしても。私はあなたが……好き」


 そうして、花畑にそっとルデレを横たえると、その周囲を覆うように花を摘んで備えた。最後に、自らもその隣に添い寝をして、手を握る。

 最後に、もう片方の手で鯉口を鳴らして、刀で火花を発生させた。


 花が燃え、辺りが炎に包まれる。


「ルデレくん。私、最期にあなたにプロポーズをされて嬉しかった。これ以上ない人生だったわ。私のために魔族になると言ってくれて、私を選んでくれて……ありがとう」


 その頬を涙が伝い、繋いだ手にそっと落ち、ルデレの手にした花に零れた。


 瞬間。まばゆい光と共に花が結晶化し、宝石となったのだ。


「……え? これって……」


 間違いない。

 ――万能の薬草『吸血鬼の涙』。

 何度もルデレに見せられた、図鑑の内容と同じだ。


 マイヤは急いで、ルデレを抱きかかえて火の粉の舞う花畑を離れる。


「万物の病を治す、『吸血鬼の涙』……!?」


 どうして今になって自身の涙が幻の花となったのかはわからない。

 しかし、そのトリガーが死すら覚悟するマイヤの心にあったのだとしたら、ネトレールはわざとこんなことを……?


「そんなのどうだっていい!! 『吸血鬼の涙』は万物の病を治すってんでしょう!? だったら今すぐ、ルデレくんのこの傷を癒しなさいよ――!!!!」


 そう言って、『吸血鬼の涙』を月に掲げ、ルデレの傷口に押し当てた。


 幻の薬草は、やはり伝説級の代物で。

 みるみるうちに凄惨な傷口が塞がり、ルデレが脈を取り戻し始める。


 そうして、薄っすらと瞼を開けたのだ。


「ん……あれ? 僕……」


「ルデレくん!! ああ、よかった!!」


「いたたっ。マイヤ、そんなにぎゅーってされたら苦しいよ……」


「お願い! 今だけは、お願いっ!!」


「……って! その手に持ってるのは、まさか『吸血鬼の涙』かい!?」


 ルデレは慌てて飛び起きて、周囲を見渡した。


(ネトレール……まさか、このために……?)


 不意に吹き抜けた一陣の風は嗅ぎなれた仲間ネトレールの甘い香りがして、月夜に舞う吸血鬼ネトレールが、微笑んだように思えた。


 ――『さよならですわ、お兄様。お幸せに……』


 ネトレールは、マイヤから強引に『吸血鬼の涙』の引き出し、ルデレとマイヤに人としての生を歩ませる選択肢をくれたのだ。


 だから、「さよなら」だ。


 ネトレールは、呪いを受けていない生粋の魔族だから。ふたりが人として暮らす道を選ぶとき、傍にいてはいけないから。


「……ありがとう。ネトレール」


 ルデレは小さく呟いて、マイヤの手に残った『吸血鬼の涙』をマイヤの口へと運ぶ。


「……マイヤ。僕はたとえキミが人間に戻っても、変わらず愛すると誓うよ」


「ルデレくん……」


「これからも、ずーっと、僕と一緒にいてくれる?」


「!!」


 マイヤは、その言葉を、ずっとずっと、聞きたかったのだ。


 だから、吸血姫の呪いに手を出した。

 ルデレのいたパーティを壊滅させて、追い込んでしまうようなヤンデレになってしまったけれど。

 本当は、その言葉を聞きたかっただけなのだ。


 マイヤは、満面の笑みで答える。


「はい……! 誓います……!!」


 燃え盛る白の花畑を背後に、ふたりは誓いのキスをして。

 マイヤは『吸血鬼の涙』を飲み込んだ。


 ――ヤンデレ侍、好きにて候。


 たとえ死の運命がふたりを分かつとも。

 共に乗り越え、愛し合うと。

 ふたりは誓ったのだった。


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