第38話 眷属
冠位一級にめでたく昇進した僕は、宿で祝勝会をあげていた。
僕らは未成年だからお酒で乾杯することはできないけれど、場の空気に酔ったのか、マイヤはへべれけ状態で僕にしなだれかかってくる。
着物の胸元は大きくはだけて、巻いているさらしもほとんど脱げかけてしまって、正直目のやり場に困ってしまう。
「んん……ルデレくん、おめでとう~……」
「マイヤ、眠いならベッドで寝たら? 動けないなら運んであげるよ」
そう言ってお姫様だっこの状態でベッドへ移動させてあげると、ベッドに置く寸前、マイヤは抗うように僕の首筋に抱き着いた。
バランスを崩し、僕はマイヤを押し倒す形でベッドに手をついてしまう。
「あっ……♡」
マイヤは頬を上気させて、潤んだ瞳で僕を見上げた。
「あっ。ご、ごめんマイヤ! そういうつもりじゃなくって、今のは事故で……!」
「ルデレくんなら、イイよ……♡」
もぞもぞと股を開こうとするマイヤがとんでもなく危険だ。
僕は慌てて寝室から出ていき、その誘いを拒むように扉を閉めた。
隣のダイニングでワインか血かわからない液体をくゆらせるネトレールに、質問をする。
「ネトレール、マイヤの飲み物にヘンなもの入れたでしょ?」
「い~え? お酒なんて一滴も入れてませんわ」
「ほら! やっぱりお酒入れたんじゃん!! ネトレールは嘘をつくと瞳の虹彩が赤から紫になるんだ! 自覚ある!?」
「なっ――!? 私、そんなわかりやすい体質でしたの!?」
「
じゃなきゃ、マイヤがあんな蠱惑的に誘って来るわけがない……
わけが……え? あれ? もしかして本気だったのかな?
「はぁ……なんか、どっと疲れた……」
今日のマイヤは、いつにも増してスキンシップが激しくて、理性がどうにかなりそうだったよ……
今は……ネトレールとふたりきりか。チャンスだな。
僕は、ソファでワインをくゆらせるネトレールに、あることを尋ねてみる。
「ねぇ、ネトレール。吸血鬼ってさ、どういう風に眷属を作るの?」
「え?」
「血を吸うとか、分け与えるとか? 本人にしかわからない印をつけるとか? もしくは、魔術的な契約でも行うの?」
ぐいぐい迫る姿勢に、ネトレールは目を丸くして驚いて。
「ルデレさん、もしかして私の眷属になりたいんですの?」
「……正確には、マイヤの眷属になれないのかな、と思ってる」
「!!」
「マイヤは吸血姫リリィ=ローズによって半分吸血鬼になる呪いを受けた。それによって、リリィ=ローズの親縁に対する探知力が向上して、彼らを守る剣となり盾とならなければ死ぬ呪いだ」
「……お母様の、『愛』の呪いですわね」
「理由はともあれ、マイヤは半分吸血鬼。だとすれば、その血を分け与えることで他の吸血鬼と同様に眷属を生みだすことも可能なんじゃあないのかな?」
僕の問いに、ネトレールは考え込むように自身の唇を弄る。
そうして、犬歯を少し押して、そこから粘性のある唾液を指先に掬い出してみせた。まるで、コブラが牙から毒を生みだすように。
「吸血鬼の象徴たる、吸血歯――人間は犬歯と呼ぶのでしたね。ここから分泌される特別な唾液を一定量人体に取り込ませることで、眷属を生みだすことが可能ですわ。マイヤにそれができるかどうかは、試してみなければわかりません。あの女の吸血歯を押し込んで、『眷属液』が出れば――」
「僕は、眷属――不老不死になれるってわけか」
僕は、すやすやと隣の部屋で寝息を立てているであろうマイヤに想いを馳せる。
(マイヤ……)
長い間、僕らは一緒に旅をしてきたけれど。
結局マイヤの呪いを解く鍵になる『吸血鬼の涙』については情報を得ることができなかった。
以前、勇気をだしてリリィ=ローズの長男にあたるドラコ=マザコニアにも聞いてみたのだけれど、長い年月を生きるという彼でも、その存在を目にしたことはないそうだ。
曰く――
『吸血鬼は誇りと共に生きている。涙を見せるくらいなら、自らの心臓に杭を穿つ方がマシだ』と。
僕は、できることならマイヤを人間に戻したい。
いつまでも染粉で髪を染め、人の世で魔族であることを隠しながら生きることは難しいだろうし、いつか限界が来るだろうから。
でも、もしそれが叶わないのなら――
僕は、マイヤと一緒にいるためならば、人としての生を捨ててても構わないと思っている。
今まで手に入れた、一級の冠位も、ギルドにおける信頼も、財産も、何もかもをなげうって。
――マイヤと共に。マイヤのために。
魔族として生きるんだ。
◇
僕は、隣室のベッドでむにゃむにゃと眠りこけるマイヤに覆いかぶさるように、手をついた。
そうして、確かめるように、決意を口に出す。
「マイヤ。キスしよう」
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※あとがき
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