第37話 ふたりなら

 来たる再試験の日。僕は緊張で充血した目を擦って闘技場に足を踏み入れた。

 そこでは一級の召喚士さんとテイマーさん、そうして試験官の人たちがずらりと待ち構えていて。僕は深く息を吸い込む。


「お願いします」


 一週間前とはまるで違う眼差しに、試験官らは少々面食らったようで。一瞬にして空気の張り詰めていく感じが心地いい。


 そうして僕は、目の前に再び召喚されたドラゴンと向き合う。


 今にも炎を吐き出しそうな口元。急に呼び出された腹立たしさを目の前の小僧にぶつけてやろうという殺意。それらがビリビリと伝わってくる。


 僕が頷くと、試験官さんもまた頷き、右手を掲げた。


「それでは、冠位一級飛び級試験、開始致します!」


「はい!」


「試験、開始!」


 その合図でテイマーさんがドラゴンの拘束具を解く。


 僕はポケットに入れていた紫色の液体を一気にあおり、観覧席で見守っていたマイヤも同時に薬を飲み込む。


 これで僕は、一時的にマイヤの身体能力を手に入れた。


 この薬は、シンクロ対象と同時に飲むと、妖精の細胞に溶け込んでいる互いを感知しあう魔力のようなものが働き、番の能力をトレースする。

 つまり、今、僕はマイヤで、マイヤは僕になれるのだ。


 闘技場の直径は約百メートルほど。この程度、森の中を縦横無尽に駆け回って迷い込んだ人々を襲うフタゴボシにとっては、あくびがでるほど容易い同調範囲だろう。



 ドラゴンが大口を開けて僕を飲み込もうと突進してくる。


 ――なんだ、コレは。


 まるで幼稚園児のかけっこみたいな遅さに見えるぞ。


(これが、マイヤの見ている景色――!)


 僕の手はほぼ意識することなく、腰に携えた借りものの刀に添えられる。


 息をひとつ、ふたつ……みっつで吸って、吐く――


 その瞬間。僕の銀閃が瞬いた。


 瞬殺だった。


 抜刀からの、居合で一閃。


 舌先から入った刃はその太刀筋を尾に走らせて、銀色の線を描く。

 轟音の悲鳴と共に巨躯をうねらせるドラゴンは、血にまみれて倒れ伏した。


 万一に備えて、刀には吸血鬼ですら百年は苦しむという、ネトレールに教わった猛毒が塗ってある。立ち上がって反撃されることはないだろう。

 ネトレールがこんな、自分にとっても弱点みたいなことを教えてくれたことには驚いたが、「ルデレさんの勝って喜ぶ顔がみたいから。あと、マイヤに襲われそうになったら使ってくださいな♡」だなんて、先日街で素材を揃えてくれていたんだ。


(マイヤ、ネトレール……ありがとう)


 ふたりのおかげで、勝てたよ。


 そう。僕はひとりじゃあないんだ。


 今まで旅をして、生きて、築いた絆が、僕を支えてくれた。


 吸血鬼になってしまったマイヤを治す方法を探して、多くの書物を読み解いた。

 フタゴボシの伝承も、その本の中にあったんだ。


 そうして、その知識を実行に移すことができたのも、マイヤが傍にいてくれたから。

 きまぐれだけど、陰ながら応援してくれるネトレールもいる。


「やったー! 倒したぞ!! 勝ったよ、マイヤ!!」


 どうにも締まらないけれど、精一杯の雄たけびをあげる。


 薬の力で僕とシンクロ状態にあるマイヤには、その嬉しさと感謝が伝わったのかもしれない。マイヤは口元を手で覆って、うっすらと瞳に涙を浮かべていた。うれし涙だ。


「マイヤ! 僕、やったよ! これで僕も、キミと同じ冠位一級だ!!」


「うん。うん……! おめでとう、ルデレくん!!」


 瞬きの間の出来事に、試験官さん達は目を丸くしてひそひそと、「いったいどういう仕組みで……」とか「彼のあおった薬に秘密があるのでしょう。しかし、目の前で起きた事実が全てかと」「薬に秘密があるのなら、それを生みだした時点で薬師としてはこれ以上ない逸材だ」などと話し合っていた。


「不思議なことがあるものだ。毒を用いずにこの試験を突破した薬師は初めてですよ、ルデレ=デレニア。ともあれ試験は合格です。おめでとう」


 僕は、その場で冠位一級認定証を授与された。

 一級の証であるバッジは特注だから、製造に三週間はかかるんだって。

 今から届くのが楽しみだ。


 僕はその認定証を手に、観覧席にいたマイヤの元へと駆け寄った。


「マイヤ! やったよ!」


「ふふっ、ルデレくんてば、それを聞くの、もう三回目よ」


「だって、嬉しくて……!」


「ルデレくんが嬉しいなら、私も嬉しい」


「へへ!」


「ふふふっ!」


 若干十五歳。最年少の一級薬師の誕生に、会場は割れんばかりの拍手が響く。


 旅に出た頃は、まさかこんな日が来るなんて思ってなかったよ。


 でもね、ずっと思い描いた夢があった。


 あれは、マイヤが剣聖になって初めて一緒に行ったクエストのとき。

 いつか、マイヤが竜王をなますにして斬り捌いた日のことだ。

 怯えて尻餅をつくことしかできなかった僕は、本当に情けない心地で。

 本当なら、僕がドラゴンを倒せるような男になって、マイヤを守りたいのにって、ずっと思っていた。


 あの日はマイヤを守るどころか、情けない姿を見せることになってしまったけれど。今日、僕は、自らの手でドラゴンを倒すというひとつの夢が叶ったんだ。


 でも、フタゴボシの力は結局マイヤの力を借りただけなんじゃないかって?


 そうかもね。でも、いいんだよ。


 実際、一級合格の通知を受けた後に、フタゴボシの薬の原理について説明を要求された僕は、あの力がマイヤの借り物であることを白状した。

 あの薬はフタゴボシの羽根と網膜細胞を元に出来ていて、『最期に見たふたりの人物をシンクロさせる』という効果を持つものだ。

 だから、一緒にフタゴボシを捕まえた人間同士でないと意味がない。


 もし万一にマイヤの身に何かがあって、僕がフタゴボシ薬を使うことができなくなったとしたら、一級の地位を剥奪


 僕は、僕らは。ふたりなら。マイヤと一緒なら。

 きっとこの先何があっても、なんだってできるから。


 だって、僕にとってマイヤは一番大切な人で。

 今更離れるところなんて想像ができないし、考えたくもないからさ。


 僕らは、これでいいんだ。


 たとえマイヤが、この先ずーっと、吸血鬼だったとしても……ね。


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※あとがき

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