第35話 薬師だけでドラゴン退治なんて聞いてない

 試験会場に来て、驚いた。

 百歩譲って、書状に記載のある試験会場が闘技場だったことには目を瞑ろう。

 きっと受験者が他にもいて、適した会場が抑えられなかったから急遽……

 なんてことであるように祈っていたんだ。


 だって、薬師の試験だぞ?

 研究施設ならまだしも、どうして闘技場なんだ。


 でも、目の前で火を吹くそいつが、否応なしに現実というものを突き付ける。

 鼻息がマグマのように熱い。本物のドラゴンが僕の目の前にはいたんだよ。


「冠位一級召喚士の方に、デモンズドラゴンを召喚していただきました。暴走した場合に備えて会場には五名ほどの冠位一級術師の方々に来ていただいております。では、思う存分倒しちゃってください! それが冠位一級飛び級試験の内容です!」


(ええーっ! 説明雑すぎじゃない!?)


 でも、これ以上にシンプルな実技もないだろう。


 冠位一級レベルのドラゴンを倒せたら勝ち。


 それはわかるよ。わかるけどさぁ……


 僕、薬師なんですけど!?


 戦場でも後方支援とか衛生兵扱いだよね!?

 ドラゴン倒す必要なくない? 需要もないし!


 でも、目の前で口に鎖をつけられたドラゴンは早く拘束を解け!とばかりに一級テイマーの方を睨んでいるし、「試験開始!」が叫ばれるのと同時に拘束を解かれる手筈になっている。

 その抑えきれない怒りの炎が口の端から漏れ出して……

 こんなの、マイヤと隣山の竜王を退治に行ったとき以来のピンチだよ。


 竜人とか聖龍と違って生粋の野生派ワイルドドラゴンだから、言葉も脅しも、心理戦も通用しない。


 単純な魔物退治の力量を、今、僕は測られているのだ。


(どうする? なんとかして毒を飲ませれば僕の勝ちだけど……)


 口内ではそんじょそこらの毒じゃあ歯が立たない温度の炎が渦を巻いている。

 液体系の毒ではすぐに蒸発してしまうだろう。


 とはいっても、僕にあの固い鱗を突き破るだけの毒矢の腕前はない。


「では、試合開始!!」


(わぁぁ、来る、来る――!!)


 グアア!と唸り声をあげて突進してくるドラゴンをすんでのところで躱し、闘技場を逃げ惑う僕。旅立ち前のもやし具合からすれば、生身でドラゴンから逃げ回れるくらいに足腰が強くなったのは喜ばしいことなんだけど。

 なんて情けないんだ……


「ああ、あああ――!!」


(炎が! ブレスが来る――!)


 僕は、眼前に迫る大口を前にして、大声で叫んだ。


「『パス』!! 『パス』でお願いします――!!」


 瞬間。僕の前で銀が閃く。


「――あ。マイヤ……」


「ルデレ君、決断が遅いっ! 食べられちゃうかと思ったじゃない!!」


「食べられても大丈夫なように、ここには一級の治癒術師の方や薬師の方もいますので、そんなに怒らないでくださいな、銀閃のマイヤ。さぁ、刀を収めて」


 試験官さんに促され、マイヤが刀を鞘に戻すのと同時に、デモンズドラゴンは口から大量の血を吐きだして倒れた。


 マイヤはあの一閃で、ドラゴンの舌を斬り落としていたのだ。


 いくらドラゴンといえども、舌が無くては炎を吐きだす位置をコントロールできないし、切れた舌が丸まって喉を圧迫すれば窒息死することになる。

 よほどの再生力を持ったドラゴンでなければ、舌を斬り落とすのは最適解なんだとか。


 まぁ、あの炎を前にして口元に飛び出す勇気があればの話だが……


「マイヤは、凄いなぁ……」


 さぁっと、黒髪を火の粉に靡かせる美少女を前にして、その力量差を思い知る。


 今まで一緒に旅をしてきて、冠位も手に入れて、僕はどこかマイヤと並び立てたような気でいたけれど。全然そんなことなかった……


「さすがは剣聖だね」


 はは、と笑うと、マイヤに「ルデレくん、元気がないときは無理に笑わなくていいわ」とたしなめられてしまった。


 そうして、一回は認められるという『パス』の規定に基づいて、僕は一週間後、再び飛び級試験を受けることとなった。


 ◇


 『パス』したとはいえ、二回目は違う試験内容というわけじゃない。

 僕は与えられた一週間で、どうにかしてあのレベルのドラゴンを倒す術を身に付けなくてはならないのだ。


(どうしよう……)


 僕は、ヒントを得るために街の薬屋や本屋、雑貨屋や武器屋などを見て回った。


 生身の薬師がドラゴンに勝つ方法……


 やっぱり、ドーピングかな?

 

 いくらマイヤが手取り足取り鍛えてくれるって言っても、一週間でどうにかなる問題じゃなないよ。

 そもそも、これは意図して設定された『薬師用の飛び級試験』だ。

 僕が薬師としての力量でなんとかするしかないってことなんだろう。

 これはきっと、そういう試験なんだ。


 だったらやっぱりドーピング……


 とはいえ、筋力増強? 脚力強化?

 どこから手を付ければいいのかわからない……


 毒矢を当てるだけの弓の力――腕力を強化するのもアリだろうし、魔術師としての素質がある人間なら、魔力を爆発的に高めてもいいだろう。

 多分、他の一級薬師の人達は、そうやって試験を突破してきたんだと思う。


 でも、僕は……


 ここまでがとんとん拍子すぎて、いざ戦場に立たされると、どう戦えばいいのかがわからない。


 僕は、隣で武具飾りを眺めているマイヤを横目に見る。


(僕が一番よく知っている戦い方……)


 それは、マイヤだ。


 マイヤの放つ『銀閃』――

 あらゆるものを両断する凄まじさと速度を持つアレを、僕が放てるようになれば……


 ……なんて。夢を見過ぎか。


 だって、僕はマイヤにはなれないんだから。


 そこまで考えて、ふと、閃いた。


(そうか、待てよ。その手があったか……!)


 僕が、マイヤになればいいんだ!!



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