第33話 俊閃の秘密

「ギリダさん。あなたに与える罰は、コレです」


 そう言って差し出された小瓶に、ギリダは首を傾げる。


「なんだ? 毒か? 言っておくが、私はこの町の守りの要。殺せばギルドに与える損失は測り知れない。とはいえ、ユリウス様が助かった以上は貴様たちに刃向かう理由もないし、殺す理由もないと思うが……まぁいい。それでお前たちの気が済むのなら、元々この命に未練――執着はないしな」


 一気に薬を仰ごうとするギリダの胆力に少々面食らうが、僕は一応、中身を説明してみせた。


「そこに入っているのは、強力な自白剤にして強壮薬です。なんでも、一部の地域では異端審問に扱われる代物だとか」


「!!」


 そこまで言うと、ギリダは顔面蒼白になる。

 だが、口に含んだ液体は無慈悲にも喉を通過して。

 マイヤが、にやりと口角をあげた。


「素直になりなさいよ。あんた、本当はゲスツィアーノのことが好きでたまらないんでしょう? 『月に叢雲、花に風』とはよく言ったものだわ。あんたは、私がこの牢――主とふたりの空間にふさわしくないと言いたかったの。だから、私に対するエッチな尋問の邪魔をした。愛しい主が他の女に熱をあげる姿なんて、見たくないものねぇ?」


「貴様、何故それを……!」


「見りゃあわかるわよ。あんたのゲスツィアーノを見る眼差しは、恋をする人間のソレだった。私にだって世界で一番好きな人がいるんだもの、同志の匂いくらい嗅ぎ分けられるわ。それに、剣聖は風を読む……あんたと剣を交えたときに感じた『想い』は、『大切な者へ捧げる剣』だったもの」


「がはっ……! げほっ! 貴様たち、謀ったな!! くそ、吐きだせない!!」


「あなた達ロリロワール家は下級とはいえ貴族の一端。そのご実家が『旧正教』に属しているのも調べました。体質の古い『旧正教』において、同性愛は異端審問の対象。この事実が露呈すれば、あなた方は屋敷を押収されて路頭に迷うことになります。ギルドにおける立場はともかく、そうなると、屋敷で養っている幼女さん達はどうなってしまうのでしょうね?」


「未練が無いなんてつまらない嘘はやめなさいよ。あんたのその『想い』……本当は、未練の塊みたいなもんなんじゃないの?」


「はぁ、はぁ……眩暈が……ユリウス様、お逃げください!!」


「んぁ……よく寝た……は? 急になにを言っているんだ、ギリダ?」


 わけもわからず呆けるゲスツィアーノを押し倒し、ギリダは聖剣を床に突き立てた。


「はは、なんだこれ……異端審問の自白剤だと? 理性がもたない。ふらふらして、身体が熱くなって……ああ、ユリウス様、いい匂いがする……! 私は……ボクは……!!」


「は!? お前、何言って――!? つか手ぇ、離せって」


「あはは! 冷たい! 冷たすぎませんかユリウス様! ボクが絶対にあなたから離れないと、心より信頼しているからこその塩対応……ああっ。堪りませんっ!」


「えっ。キモ……」


 薬によって曝け出される従者の内面。

 なんだか雲行きが怪しくなってきたのを察したゲスツィアーノが、身じろぎして退路を探す。

 しかしもう遅い。

 聖剣は首のすぐ真横で刃と欲望をぎらつかせていた。


「ユリウス様。ああユリウス様……幼い頃、スラムのゴミ溜めでその日のパン欲しさに剣を振るっていたボクを、あなたは気まぐれに拾ってくださった。歳は三つしか違わないけれど、ボクにとっては父で、母で、兄で、友人で……神様のようなお方です」


 そう言って、ギリダはゲスツィアーノに覆いかぶさった。


「幼女趣味のどクズで変態なところはどうしようもないけれど。それでも好きなのだからボクの方こそどうしようもない。本当は、ずっと前からあなたの愛を受ける少女たちが憎くて憎くてたまらなかった! 全員いなくなればいいのにと!! あーもう、ダメです。ボクの理性はお終いだ」


「で。このことが『旧正教』にバレればあんたたちもお終いってわけ。今回みたいなことを二度としないっていうなら、バラさないでおいてあげるわ。ルデレ君、魔法念写機持ってる?」


「ああ、ネトレールが街の雑貨屋さんから借りて来てくれたよ。はい」


 ぱしゃ。


「!!」


 証拠を撮られてゲスツィアーノは顔面蒼白になった。

 一方で、興奮しきったギリダは顔を赤らめて愛おしそうに主をきつく抱き締める。


「ねぇユリウス様。ボクが大きくなってからは、他の幼女にかまけて添い寝をしてくださいませんよね? 覚えていますか? ボクが初めて屋敷に来た日。広すぎる部屋に落ち着かなくて床にうずくまって寝ていたら、あなたはボクを叱り飛ばした。

 『犬みたいな真似をするな! この屋敷で働く以上は、高貴な仕草を身に付けろ!』って。そうやって、『仕方ないな』って、きちんとベッドを使うように促して、戸惑うボクに、優しく添い寝してくださいました。あのときの温もりが、ずーっと、忘れられないんです……」


「おい。ギリ、ダ……? 待て待て、それ以上はちょっと待て!!」


「私は男なので、ロリコン趣味な貴方の寵愛を受けることはできない。屋敷には徐々に幼い侍女が増え、その温もりを享受する機会もとんとなくなってしまいました。でも、私はもう一度、あの温もりが欲しいのです。貴方が、欲しいのです……! 願わくば、貴方とひとつに――!」


「どうしてそうなるっ!? するから、するからっ! 添い寝くらいいくらでもしてやるから! 男とするのだけは勘弁――!」


「あはは! もう遅いです!!」


 ――ボクの理性、吹っ飛んじゃいました♪


 熱い抱擁とキスが交わされる中、僕とマイヤはそっとその場を離れた。


「……あれでよかったのかしら?」


「まぁ、ギリダさんは幸せそうだし、彼の生活満足度が上がれば聖都の守りも安心でしょう? 僕らの手には証拠もあるし、よかったじゃない。ゲスツィアーノは……知らないけどさ」


「ここまで開き直っちゃったんだもの、今後は隠す必要もないものね。異端審問官にバレない程度に、屋敷でイチャつきまくるんじゃない? ギリダが。一方的に」


「だねぇ♪」


「ねぇ、ふたりのこと見てたら私もルデレくんが恋しくなっちゃったな。宿に帰ったら、いつもよりたっぷり、血を吸わせてくれない?」


「え~。僕、薬を作る際に沢山血を使っちゃって、貧血気味なんだけど……」


「じゃあ、普通にイチャイチャしましょうよ! ね、お願い♡」


 たぷ、とおっぱいを押し付けるマイヤに、僕は呆れたように微笑んだのだった。

 ……っと、その前に。言い忘れていたことがある。


 僕は、手錠の痕が僅かに残る手首を隠すように、マイヤの手を握った。


「……おかえり。マイヤ」


「……! うん。ただいま、ルデレ君」


 ――ああ。好きだ。

 私は、ルデレくんがどうしようもなく好きだ。


 だって、彼が。自分にできる精一杯の力で、私を助けに来てくれた。

 もうそれだけで、世界だって滅ぼせる気がしてきちゃう。


 ヤンデレ侍、好きにて候――


 たとえこの先なにがあっても、今度こそ、絶対離れたりしない。

 そう、マイヤは胸に誓った。




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