第32話 救出劇

 ゲスツィアーノ邸へ贈り物を届けて数刻後。

 僕の寝泊まりする宿に、俊閃のギリダがやってきた。


 麗しい金髪を振り乱し、額から汗を流して、どれほど急いで来たんだろう。


 そうとうヤバイ倒れ方でもしたのかな?


「どうかしましたか?」


「いいから早く! あの酒の解毒方法を教えろ!!」


 ああ~。お酒の酔いなら、白湯でも飲めばいいんじゃないですか?

 なんて言い返そうものならそっ首を跳ねられそうだな、この感じ。


 僕は必要以上に取り繕うこともなく、淡々と対応をした。


「それが、人にものを頼む態度ですか?」


 ぐっ……っと一瞬引きさがり、それでも、ギリダは拳を握りしめて首を垂れる。


「お願い、します……解毒剤の調合法、いや、あの毒を解いてください。このままでは、我が主のお命が……!」


「ちなみに、マイヤのお命は無事なんでしょうね?」


「無事だ……すぐに返す。案内する。だから、その……ユリウス様の命だけは……」


 ふむ、と僕は腰を上げ、その案内に従った。


 あの酒瓶の中身は、僕の血をベースに作った、吸血鬼に有効な栄養ドリンクだ。

 でも、匂い消しのために少量の毒草が含まれていて、人間が飲むと昏倒する。


 この作戦は、マイヤが吸血鬼だからできたようなもの。

 だってあの程度の毒、吸血鬼のマイヤには痛くもかゆくもないからな。

 せいぜいお肌がつやつやになる程度の毒なんだよ。


 吸血鬼とは、そういう人智を超越した存在なんだ。

 僕はそれを、嫌と言うほどわかっている。


「取引しましょう、マイヤを解放してください。街を守る剣聖に何かあっては困るでしょうし、僕からの要望はそれだけにします」


「……恩に着る」


 その言葉に安堵したのか、萎れた犬のように屋敷への道を引き返し始めるギリダ。

 道中ルデレは、気になっていたことを尋ねた。


「どうして一級剣聖のあなたが、マイヤを誘拐するような下衆の言うことを聞いているのですか?」


「最初の狙いはキミだったんだ、ルデレ=デレニア。破竹の勢いで出世するキミの背後に吸血鬼がいるのではないかと。そうしてそれが気に食わないと、我が主が言い出して……銀閃のマイヤを餌に、キミをおびき出そうと思っていた」


「それで、いいなりに? マイヤはあなたの同僚でもあるんでしょう?」


 その問いに、ギリダは長い睫毛を伏して。


「あのように下衆な主でも、私にとっては、行く当てのない幼い我が身を養い育ててくれた大切な人なのだ……どれだけロリコンであろうと、あの大恩を忘れることなどできない」


「そう、なんですか……」


 ギリダにはギリダで、彼を裏切れない理由があるらしい。

 僕は、ゲスツィアーノについて調べる中で得た数多くの黒い噂――

 『孤児を育てて実験材料にしている』については疑問を覚えるようになった。


 だが、それでも。彼には他に、中毒性の高い媚薬を調合して好事家に売り捌いている、夜な夜な子供を攫ってきては変態趣味に没頭しているなどの噂もある。

 どこまでが本当かはわからない。ただ、ゲスツィアーノの傍には俊閃のギリダがいるから、誰にも裁けないでいると、そういった話を耳にしたくらいだ。


 今、彼の命は僕の手に握られている。

 これを機に、少しくらい反省して、なんとか悪事を止められはしないものだろうか。


  ◇


 屋敷について、僕はまずはじめにマイヤの拘束を解かせた。

 そうして、安静に寝かせられたゲスツィアーノに予め用意していた解毒薬を飲ませてあげる。


 苦しそうだった呼吸が落ち着く様子に、ギリダは心の底から安堵した表情を浮かべた。


「月に叢雲花に風、か……」


 マイヤはぽつりと呟く。


「なんだい? それは」


 尋ねると、マイヤはギリダを指差して。


「囚われているとき、あいつに言われたの。てっきり私に同情してくれているのかと思っていたけれど、違ったみたいね」


「??」


 どういう意味だろう。


 首を傾げる僕に、マイヤはこっそりと耳打ちをして。


「私に、いい考えがあるの」


 それは、ギリダに誘拐の罰を与え、ゲスツィアーノをも改心させるという一石二鳥の作戦だった。


 僕は、地下牢に備え付けの棚から怪しげな薬瓶をいくつか取り出した。

 媚薬、強壮剤、その他諸々の怪しげな物体など、黒い噂は半分アタリなのかもしれないと思わせるあらゆる薬剤がそこには揃っていた。


 そうして僕は、昔文献で読んだことのある『とある薬』を調合した。


「ギリダさん。あなたに与える罰は、コレです」


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