第30話 ネトレール、寝取るor寝取らない?
『俊閃のギリダ』に、マイヤが攫われた。
その目的はわからない。
しかし、誰かに相談しようにも、ギルド内における俊閃のギリダの絶対的な信頼を考えれば、ぽっと出の僕がそう言ったところで「寝取られ男の妄言か」と一蹴されるのがオチだ。
おまけに拉致監禁だなんて、吸血鬼であるマイヤにとって危険極まりない。
なにせ、体内にある僕の血が枯渇すれば、それ以降は徐々に摩耗して力尽きてしまうのだから。
いくら昨晩のマイヤがいつもより激しくて、「ルデレくんの、とっても甘ぁい♡」とか言ってぢゅるぢゅる血を搾り取られたとはいえ、持久戦は不利に決まってる。
しかも、万が一にもマイヤが吸血鬼だと世間に知られてしまえばそこで僕らはジ・エンドだ。ギルドの人にほいほいと協力を仰ぐわけにもいかない。
(早く、なんとかしてマイヤを助けないと……)
こんなとき、ネトレールがいてくれれば百人力だっていうのに。
ネトレールってば、「マイヤが攫われた? じゃあ、これからは私とふたりっきりですわね、お兄様♡」なんて言って、協力してくれる姿勢すら見えない。
……僕、やっぱり魔族のことキライになりそうだよ、マイヤ。
「あ~もう! どうしよう……!」
こうしている間にもマイヤの体内にある僕の血は枯渇していくし、今頃どこでどんな目に遭わされているのかと思うと気が気でなくて、息もまともに出来なくて……!
マイヤを心配するあまり過呼吸になりかけ、僕は廊下の隅にうずくまっていた。
すると、どこからか優しげな声がして……
「きみ、大丈夫……?」
(あ。彼女は、受付嬢のマリアさん……)
「まぁ。誰かと思ったら冠位薬師のルデレさんじゃあありませんか。こんなところで何を? 医者の不養生ですか?」
マリアさんはいい人だ。素直で優しくて、質問の意図を勘繰るような人じゃない。
心から僕を心配する問いかけに、僕は問いかける。
「マリアさん……『俊閃のギリダさん』って、知っています?」
「はい、もちろんです! なにせこの統括本部を守る最強の剣聖――騎士様ですので!」
「騎士っていうと、誰かのことを守っているんですか? 普段はどこにお住まいに?」
「ええと、ギリダ様は普段は、冠位二級魔術師のゲスツィアーノ様に仕えていらっしゃいます。理由はわかりませんけれど、幼い頃より長年お傍に侍っているのだとか。昔、ギリダ様と少しお話した際に聞きました。ギリダ様にとっては、統括本部の護衛の方がおまけで、自分はあくまでゲスツィアーノ様の騎士なんですって。
だから普段は、聖都郊外のゲスツィアーノ様の邸宅にお住まいになり、朝になるとご出勤なさるそうですよ」
「それだけわかれば、十分です。ありがとうございます……」
「はい?? それよりもルデレさん、お顔の色が優れませんけれど、大丈夫ですか?」
「すみません、ご心配いただいてありがとうございます。でも、もう行かないと……」
ゲスツィアーノ邸に。
僕はその夜、できる限りの準備を整えて、ゲスツィアーノ邸に向かった。
◇
聖都の宿で身支度を整える僕に、ベッドでネグリジェ姿で転がっているネトレールが問いかける。
うつ伏せになって足をぱたぱたさせて、まるで構ってくれないことに不満でもあるかのように。
「あらお兄様、もう行ってしまいますの? せっかくあの女がいないのですから、今晩は私に吸血をさせてくださいな。お詫びに、この身体を好きにして構いませんので♡」
「その『お兄様』っていうの、やめて。なんだか落ち着かないから」
「あら、ツレな~い」
「当たり前だろ!! マイヤが攫われて、僕にしか助けることができないんだ! でも今回の作戦が失敗したら、僕にはもう打てる手がない! いくら三級薬師だなんだと言われたところで、僕は戦闘能力を持たないただの薬師なんだ!! あんな、最強の剣聖なんかに敵うわけ――」
焦りと怒りで激昂する僕に、ネトレールはそっと擦り寄って、真正面からキスをする。
んちゅ、と合わせられる唇を、僕は慌てて引き剥がした。
「なっ――!」
いくら僕に懐いているとはいえ、こんな状況でキスをされたところで、好きになるわけがない。むしろ逆効果だっていうのに――
「目ぇ、冷めまして?」
「へ――?」
「今日のルデレさんは、一日中取り乱して、いつもの優しくて冷静なルデレさんはどこへやら。全く、らしくありませんでしたわ。そんな状態のままゲスツィアーノの邸宅に向かったところで、うまくいくものもいきません。」
「!!」
「大丈夫。いくら恋敵とはいえ、仮にも一緒に旅をした女ですもの。私だって、無下にはしたくありません。あの女のことですから、簡単にやられたりはしませんわ。やろうと思えばできたのに、相手はその場でマイヤを殺さなかった。だとすれば、監禁されて生きている可能性の方が高い。ルデレさんの作戦に賭けましょう」
冷静に分析するネトレールは、不意に近づくと、僕の頭をぽんぽんと撫でた。
「大丈夫、きっとうまくいきますわ。今日のような大変な状態にも関わらず、己にできる手を打って、自ら行動に移そうとしている自分を誇りなさいな。私は、そういう頑張り屋さんな貴方のことが好きなんですのよ、ルデレさん」
優しい言葉に、ふと気づく。さっきのキスは、僕の目を覚まさせるためにしたものなんだってこと。決して、僕をマイヤから寝取ろうしているわけじゃあないんだってことに。そうして……
『――きっと大丈夫』
その言葉に、思わず涙が零れてしまう。
本当は、今日一日、ずっと不安で仕方なかった。
マイヤは大丈夫なのかな? 作戦はこれでいいのか? うまくいくのか?
そんなことばかりが頭の中で渦を巻いて、ぐるぐるとした感情に支配されて。
僕は、ネトレールのことを「所詮は魔族か」なんて、キライになりそうになったことを、心から恥じた。
ネトレールは、協力的じゃなかった――何もしていなかったわけじゃない。
今日、ずっと、僕の傍にいてくれたんだ。
「ネトレール……僕、ごめん……!」
思わず膝をつく僕の頭を優しく抱きしめ、ネトレールは子守歌でも歌うかのようにそっと囁く。
「いいんですのよ。大丈夫、もし作戦中に貴方の身に危険が及びそうになれば、私が必ず助けます。夜闇の影からきちんと見守っていますから。ですからどうか、がんばって……」
その声音が胸に響いて、不思議と力が湧いてくる。
僕は、涙を拭って駆け出した。
ありったけの力を尽くして調合した薬剤と、最上の美酒を手に。
ゲスツィアーノ邸を目指して。
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