第28話 VS一級剣聖・俊閃のギリダ

 聖都の郊外にある、とある二級魔術師の邸宅にて。金髪の麗しい騎士が主に頭を垂れていた。

 屋敷を囲む暗雲同様に、主の顔色も優れない。

 騎士はその憂いを晴らそうと、あの手この手で探った結果を伝える。


「――報告は以上になります」


「ふむ。つまり? ルデレ=デレニアなる冠位薬師が招集された戦には、なぜか必ず、吸血鬼があらわれる……そういうことか?」


「はい。しかも必ずといっていいほど、彼はその戦で功績をあげる。何せ対吸血鬼専用の解毒剤を調合できるのは彼だけ……しかもマニュアル等は無く、全て経験則による調合ときております。他の者には真似できない。着々と冠位をあげて、今や御身の二級にも迫ろうかという勢いでございます」


「ふむ。生意気だ」


 くせのあるベージュの長髪を弄りながら、魔術師は片手でワインをくゆらせる。

 腹立たしげに靴先を鳴らすたびに屋敷をコウモリが飛び回り、キィキィとその苛立ちに共鳴した。


 騎士は、単刀直入に尋ねた。


「……殺しますか?」


「いや。まだ証拠が不十分だ。奴が吸血鬼と繋がりがあり、行く先々の戦が自作自演である証拠が――ふむ。なんとかして、でっちあげられないものか」


「申し訳ございません。なにぶん相手は吸血鬼を味方につけていると思われるため、証拠を掴むのにも難儀しておりまして……」


「吸血鬼……もしその話が本当なら、研究材料に欲しいなぁ。あやつらの持つ不死性には以前から興味があった。加えて高度な魅了技術と、その血に中毒性をもつ。一体でも捕まえられれば、私の研究にも大いに役立つのだが」


「ですが、ルデレ=デレニアに探りを入れようにも、奴の周囲には一級剣聖『銀閃のマイヤ』が侍っておりまして……」


「あの美少女剣士を!? 侍らせておるのか!? 三級薬師の分際で!?」


「なにやら、幼馴染らしく……」


「あああ! くそっ!! 同じ剣聖なのに! どうしてお前は男なんだ! ギリダ!!」


「申し訳ございません! 男に生まれてしまって申し訳ございません!!」


「ほんっとソレな!! お前、街中の娘がきゃあきゃあ言うくらいの美形なんだから、女に生まれていればさぞや美少女だったろうよ!! 俺もどうせなら美少女を侍らせたかったわ!!」


「ですがこのギリダ、忠義の剣にかけて、御身の敵はどれほど強くとも誅殺致します!」


 その返答に、主は床へ叩きつけそうになっていたワイングラスを元に戻す。


「ふむ。そういえばお前は、いつぞやの御前試合で、その『銀閃のマイヤ』から一本取っていたのだったな?」


「はい。速さでなら負けを知りません。私は、『俊閃のギリダ』ですので」


「勝算があると?」


「ユリウス様。貴方が望むなら」


  ◇


 冠位三級への昇格手続きに数日かかると言われた僕は、その間マイヤと聖都に滞在し、ゆっくりと観光を楽しむことにした。


 以前聖都を訪れたのは、コーレィさんに四級の推薦をもらったとき。

 今からおよそ数か月前の出来事だ。


 それから何度か戦に駆り出された僕は、戦場で衛生兵として味方の治療とサポートを行うことで信頼と知名度を上げていた。それで、先日参加した戦の将であった三級剣士の方に「お前、腕いいな!」と言われて三級への推薦をもらうことに成功したわけで。


 ここまでとんとん拍子だと、ちょっと怖いなぁなんて……

 人生の運をここで使い切っていたらどうしよう。


 なんて考えながらギルド本部の廊下を歩いていると、中庭で本を読んでいた騎士さんがこちらに向かって歩いてきた。


「失礼。キミは、薬師の方かな?」


 近くで見るとものすごく美形で、うっとりするような騎士さんだ。

 風に揺れる金髪が麗しくて、笑顔が爽やかで……


「まさか、『俊閃のギリダさん』ですか?」


「おや? 私のことをご存じで?」


「はい。聖都に常駐し、中央ギルド統括本部の守りの要であると、受付嬢さん達が(きゃあきゃあと)お話しているのを耳にしまして……」


 冠位一位、現役最強の剣士『俊閃のギリダ』。

 その手にあるのは伝説の聖剣、エクスカリバーの姉妹剣だとかなんだとか。


「そんなお方が、僕に何のご用ですか?」


「急に失礼。実は、薬師の方に見てもらいたい傷があるのだよ」


 そう言って、ギリダさんが右手で左の袖を捲ると、そこには見慣れない紋様が浮かんでいた。


「実は先日、得体の知れない魔物に呪詛をかけられてしまったようでね……」


「呪詛、ですか……見たことのないものですね……」


 じーっと、歪な線が幾重にも重なり、まるで目玉がこちらを覗いているような……

 ぐるぐる、ぐるぐる、って……


「ルデレくん、見ちゃダメっ!!」


 ――ギィン!!


 と僕の目の前で銀が閃く。


 その太刀筋は瞬きの間に円弧を描いて拮抗する。

 刃と刃のぶつかり合う音だけが、それが『戦い』だということを認識させていた。


 ――見えなかったんだ。何も。


 一級の剣聖同士の戦いは。


「あんた、どういうつもり!? そんな『昏倒のまじない』なんて卑怯なモノを腕に描くなんて、剣士の名折れだわ!!」


「――剣士? 私は騎士だ。大切な方の剣となり盾となる騎士。自身が剣士だとは、一度も思ったことが無いよ」


「ルデレくんにそんなモノ見せて、どうするつもりだったのよ!?」


「キミには関係ない。私は薬師さんに話があるんだよ。退きたまえ、『銀閃のマイヤ』」


 問答だけで、大気がビリビリと震えている。

 しかも、ギルド内でマイヤにタメ口で話す人を、僕は初めて見たかもしれない。

 マイヤと同格以上の人間を目の当たりにしたのが初めてだから。

 ちょっと新鮮だ……


「ぼさっとしてないで! 逃げて! ルデレくん!!」


「へ? なんで? だって、ギリダさんはギルドの要で、僕らの味方でしょ?」


「んああ! 素直で人を疑わないルデレくんも好きだけどっ……! いいから、早く!!」


 ギィン! と、再び銀が閃く。


「ふふっ。さすが『銀閃のマイヤ』。凄まじい太刀筋だな。しかし、いくら太刀筋が鋭くとも、ここは正式な決闘の場ではない。次に刃が閃く前に斬ればいいだけだ」


「あんた、どうしてルデレくんを狙、う――!?」


 問いかけの途中でマイヤは背後からみねうちを食らい、気絶してしまうのだった。

 そうして、ギリダはマイヤを小脇に抱えると、わざとらしく額の汗を拭った。


「はは! 久しぶりの剣聖同士の手合わせでしたから、つい熱くなってしまいました!」


 いつの間にか集まっていたギャラリーに向かって、「では、私はマイヤ殿を医務室へ運びますね」と柔和な笑みを浮かべるギリダ。


(医務室……? 目の前に、薬師の僕がいるのに……?)


 ギリダがあまりに爽やかに去るので、誰もそのことには気づいてもらえなかった。

 慌てて駆け寄ろうにも、ギリダは人目がなくなった瞬間に走り出し、姿を消してしまった。


 当然、医務室にマイヤの姿はなかった。


(え? ……え??)


 あまりに急な出来事で、わけがわからなかったのだけれど。

 僕は、目の前でマイヤを攫われてしまったのだ。

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