第27話 ヤンデレ侍、再会

 聖都へ帰ってきたというコーレィ・マーファさんを訪ねて、僕とマイヤは中央ギルド統括本部に顔出すことになった。


お兄様ドラコの縄張りで好き勝手をするわけにはいかなかった』と、中立を貫きたくて隠れていたネトレールは、その道中、僕らの乗る馬車を見つけてはひょっこりと帰ってきた。

 しかし彼女は、コーレィさんによって奴隷紋を施された経歴がある。会わせるのは限りなく危険。再び宿屋でお留守番を命じることにして、僕とマイヤは統括本部の門を叩く。


 コーレィさんの私室に案内されると、そこには紅髪の長い端正なおじさまがいて、その容姿がどことなくイキリィを彷彿とさせてマイヤは鯉口を鳴らす。


「冠位四級術師のコーレィさん、ですよね? この度はご推薦いただいてありがとうございました」


 簡単な握手で挨拶を交わし、本題に入ると、コーレィさんは眉尻を限界までさげ、床に這いつくばる勢いで土下座する。


「こちらこそ!! あのときはうちのゲス息子がとんでもない迷惑を……!!」


「ああ、いや。そのことはもう大丈夫なので……お願いですから、顔をあげてください」


「お恥ずかしい! 本当に何から何までお恥ずかしい! キョンシー用の穴があったら入りたい!!」


 ブロンズからようやく上がったばかりのひよっこに、冠位の魔術師が頭を下げるなんてありえない。

 「ごめんなさい」と「やめてください」のせめぎ合いをようやく終えた僕たちは、椅子に腰掛け世間話に花を咲かせる。


「不死族に関する研究レポートも読ませていただきました。冠位四級、やっぱり凄いです。何より、あのフルオート死人使役システム! あそこまでコストカットに成功した術式は見たことが無いです。奥さんもすごく綺麗だし、実力もあって――」


 つらつらと心からの賛辞の言葉を述べていると、妻を褒められたコーレィさんは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに頬をかいた。

 その姿が、なんかこう……すっごくいい人っぽい。


「お忙しい中、こんな僕と会ってくださって、推薦してくださって、しかも吸血鬼に関する研究に助言までしてくださるなんて……」


 以前、マイヤの吸血鬼化が治らないかと研究をしていた頃、コーレィさんの研究誌を読んだことがある。初心者にもわかりやすくて、それでいて画期的で、素直にその才覚を尊敬した。

 その作者さんと実際にお話できることがとても嬉しい。

 マイヤそっちのけで興奮気味に話していたのが面白くなかったのか、マイヤは『息子はアレだけどねぇ』とか嫌味をこぼす。

 これにはコーレィさんもたじたじだ。


「で、でも! 本当にすごい死霊術師なんですよね?」


「そうだよ。自分で言うのもなんだがね。でも、そうだなぁ……きみの誉めてくれたその美しい妻も、実は初恋の人の墓を掘り起こして使役した死霊だったら、どうする?」


「えっ……?」


「私の死霊術師としての腕も数々の研究も、その彼女を蘇らせ、自分のものにするためだったとしたら……?」


 怖気に固まる僕の隣で、マイヤは「わ、とんでもないヤンデレ」なんて呟いている。

 コーレィさんは「はは、冗談だよ!」と、爽やかすぎるくらいに笑ったけれど。


(じょ、冗談に聞こえなかったよぉ……)


 冠位ジョーク、怖っ。


「妻とは、運のいいことに気が合った。それだけさ。決して邪な想いで冠位魔術師になったわけじゃあないよ?」


 念押しするところが、割とガチっぽくて困る。


「愚息と戦ったキミにならわかると思うが。理由はどうあれ、力とは、使い方次第なのさ。今、私は街の人々を守るために力を振るっている。それを誇りに思っている。そうしてキミには、その素質があると思っている」


「僕、なれるでしょうか? コーレィさんみたいな、立派な冒険者に」


(マイヤの隣に立つのにふさわしい、男に……)


「自ら積み重ねてきた努力を否定するつもりはないのだが。四級なんてね、あっという間さ」


「え? でも、冠位四級ともなれば、十人いるかいないかって――」


「薬師は特に人材不足だからねぇ。でもね、よほどの天才でもない限り、人ひとりにできることなど限られている。私だってそう。ただの、努力を重ねただけの凡人なのさ」


「!」


「結局は、今自分にできることを、自分なりのやり方でやって前に進むしかない。実績も、礼賛も、冠位も。その結果にしか過ぎないのさ。私はそう思うよ。だから、自信を持ってくれたまえ」


 そういって、コーレィさんは僕の頭を遠慮がちに撫でた。

 長らく父に会っていない僕は、その掌の大きさとあたたかさに、うっかり涙が零れそうになる。


「ルデレくん。君は優しい。その人柄の素晴らしさに、世間は必ずや気づくだろう。困ったことがあれば、是非また私を頼ってくれたまえ。冠位四級薬師への推薦状、たしかにキミのサインを貰ったよ。これは私から上に提出しておくからね」


「ありがとうございます!」


 こうして僕は、吸血鬼特有の毒物への解毒剤開発者として、冠位四級薬師となったのだった。


  ◇


 積もりに積もったおめでたい話。

 ルデレ君が優しくて素晴らしいことなんて、今に始まったことじゃないのに。世間の奴らは今頃になって気が付いたのだとか。

 途中で興味の失せたマイヤは、不死研究の話で盛り上がるふたりをよそに、本部の中庭を散歩していた。


(統括本部、聖都……冠位一級、剣聖を授与しに来たとき以来かしら?)


 ひらりと着物の裾を揺らして歩いていると、背後に気配を感じる。


(――ッ!? 私の後ろに、いつの間に……!!)


 ――ありえない。


 同格の冠位一級の者か、剣聖以外は。


「誰っ!?」


(一番速いとかって有名な剣聖、瞬閃のギリダ!? もしくは、気配を消せる魔術師!?)


 ――もしくは。


 ……一番嫌な予感が、当たってしまったようだ。


「師匠……」


 苦々し気に視線を向けた先には、腰に刀を携えた、無精ひげを生やした三十路すぎくらいのおっさんが立っていた。

 相変わらず、酒臭くて身なりが汚い。


「おーい、久しぶりの再会だってのに、ツレねぇなぁ。『お師匠さま~♡』くらいの愛想を振りまいてみたらどうなんだ?」


「うるさい。いつか斬る」


「あははは! 無理無理! この俺を斬りてぇってんなら、てめぇはまず、その邪魔くせぇメロンみたいなデカさの胸をなんとかしろってぇ!」


「バカ言わないで、師匠。ルデレくんは巨乳派なのよ。剣を振るのに邪魔だから胸を削ぎ落とせって言うなら、私はまず、あなたのその舌を斬り落とすわ」


「はっ。やれるもんならやってみろ、バカ弟子」


 結局私は、師匠から一本も取れなかった。


 それでこの、窮屈なさらしをつけるハメに。

 今でも師匠の言うことが正しいとは絶対に思わない。

 まぁ、冗談だとはわかっているのだけれどね。


 ただね、もしその話が本当だとして。

 私が胸を、女を捨てるとき。それは――


 ルデレくんが男を好きになったときだけよ。

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