第26話 思わぬ昇進
『ルデレくんとの秘密♡通信』用のコウモリから報を受け、マイヤは古城をあとにした。
どうやら、怪我人の生存確認と手当もひと段落したらしく、中央ギルドの混乱も収まってきたようだ。
ルデレくんは敗残兵で溢れかえる中央ギルドで、薬師としての実力を遺憾なく発揮し、人々からの信頼を得ることに成功したのだとか。
傷とトラウマ(あと歯形)をつけてしまった人には申し訳ないけれど、ドラコの『人類討滅戦』に手を貸したのは、結果としては一石二鳥だったみたい。
「あなたの家はいつでも此処にございます。人間との生に飽いたら、いつでもおかえりくださいませ。亡き母上との思い出の地の奪還――このドラコ、此度の御恩は生涯忘れません」
緋色の着物の裾が森の奥に見えなくなるまで、ドラコは深く頭を垂れて礼をした。
マイヤもマイヤで、ドラコという強力な魔族に恩を売ることに成功したというわけだ。
「……にしても、ネトレールのやつ、いったいどこをほっつき歩いているのかしら?」
ルデレの元に帰る道中、しばし考え、すぐにやめる。
「まぁ、いっか。あいつがいなければ、これからの道中はルデレ君とふたりきり♡だものね~♪」
るんるんと浮足立つマイヤは、念入りに銀糸を黒髪に染めてから中央ギルドの門をくぐる。冠位の剣聖、『銀閃のマイヤ』として。
「――遅れてごめんなさい。救援の報を受けたときには、遠くにいたもので。まぁ、なんてひどい……ギルド中が怪我人だらけじゃないの」
しれっと、そりゃあもうしれっと言い放つマイヤに、中央ギルドの受付嬢マリアが駆け寄る。
「ああ、マイヤ様! ご足労いただきありがとうございます!」
「でも、ちょっとどころじゃなく手遅れだったみたいね……(しれっ」
「それでも、冠位の剣聖様がいらっしゃってくださったのです。中央ギルドを立て直すまで街の守りは安心――皆の心の支えとなることでしょう」
受付嬢の身でありながら、献身的に怪我人の手当てに尽くすマリアは、聖母と見紛う美しさだった。その横で、手を握られながらデレデレしているあの男――エルリークを先日斬ったのは紛れもなく自分。
『マリアさんに想いを告げたかった』の一言に、つい手心を加えてしまったのは自分だ。
「凄まじい惨状だったと聞いたわ。でも、その様子なら大丈夫そうね」
デレつく男に冷やかしまじりの笑みを浮かべて、マイヤはルデレの元へ急いだ。
誰が見ても異常な速度の競歩で。
いたって冷静なふりをしながら、医務室の扉をドアノブごとぶち壊す勢いで開ける。
「ルデレくんっっ!!」
怪我人の手当てを終えたばかりのルデレは、額の汗を拭って一呼吸置くと、マイヤにふわりと笑みを向ける。
「ああ、マイヤ。おかえり」
――ズキュンっ……!!
「ああ、イイ……! その、一仕事終えたあとの男の顔……にも関わらず、帰った妻への労いを忘れないその笑み、優しさ……すべてがイイわっ!! いますぐにでも、額の汗をぺろぺr――ごほんっ。タオルで拭ってさしあげたいっ!!」
「つ、妻……? ぺろぺr……?」
「なんでもないわ。ひとりごとよ」
「マイヤ? やたら鼻息が荒いけど、大丈夫?」
「大丈夫じゃないわ。なにもかもルデレくんが可愛いせいよ。責任とって結婚して」
「マイヤ……最近、冗談が本気じみてきたね……」
(まだ冗談だと思ってるあたり、本当に鈍感野郎ね、ルデレくん……)
――でも、しゅき♡
「冗談はさておき。今、どんな状況なの?」
本当はコウモリづてにおおよその事態は把握しているが、あくまで今来た体で会話を進めるルデレとマイヤ。
敗残兵の手当は八割近く落ち着いて、あとは街の守りの再編成だとかの仕事が残っているらしい。だから、薬師のルデレはここらで手すきになるのだと。
そこへ、受付嬢のマリアさんが息を切らしてやってきた。
「ルデレさんはいますかっ!? 四級術師のコーレィ・マーファ様より、速達の書状です!」
「速達……?」
受け取ってすぐに封を切ると、そこには、中央ギルド本部の皆を心配する様子と、彼らの手当てに粉骨砕身していたルデレへの礼の言葉が述べられていた。
マイヤと引き離されて人間側へのリーク役に回るよう指示を受けていたルデレは、
マイヤへの特効薬と同じ要領で、ドラコの血の毒霧に対する解毒薬を開発していたのだ。
高位の魔族である吸血鬼特有の毒を中和するワクチンの存在など前代未聞。
それが高く評価され、ルデレを冠位に推薦したいと、コーレィさんのさらに上司である冠位の魔術師さんが言っていると。
「え? 冠位……? それって――」
「私とお揃いね♡ コーレィは冠位四級。ってことは、推薦できるのは四級以下になるけれど、順当に功績をあげて一位になれば、薬聖――私と同格よ」
ギルドにおける冠位――それはもはや、戦争で優先的に招集される階級のことだ。
そうして、僕には
そうして僕らは、中央ギルドの統括本部が存在する、聖都へと招かれたのだった。
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