第25話 復活の吸血姫
紅い月を背に、銀糸の吸血姫が空を舞う。
「しとしとぴっちゃん、しとぴっちゃん……♪ しと、ぴっちゃん♪」
歪な音階に彩られた童歌を口ずさみ、目に見える敵の全てを一瞬にして切り裂く。
歌に混じり、彼女に降り注ぐ血の雨。
それを恍惚と身に浴びながら、彼女は銀閃を振るうのだ。
(なんだアイツは……! たったのひとりなのに、我が軍勢ではまるで歯が立たない!)
『中央ギルド魔族残党討伐隊』の隊長エルリークは、
この日彼は、ルデレという少年のリーク情報により、ピラミッポ周辺で魔王軍の残党と思しき不死族が不穏な動きを見せていることを知った中央ギルドによって、初めて隊長を任されたのだ。
対・
なのに、よりにもよって――
(なんだ、なんだ、なんなのだアイツは……!)
彼の隊は、残党の討伐にしては多すぎるくらいの、五十人編成だった。
砂中より無限に湧き出るミイラ共は、コーレィ様の対・アンデッドフルオート使役システム――沸いてきたモンスターに札を貼ると、貼られたモンスターが次に沸いたモンスターに更に札を貼って延々と使役し続けるシステムだ。
によって、あれよと言う間に手駒へと変わっていったというのに。
アイツは、あろうことか同族であるはずのミイラ共ごと我々を切り捨てたのだ。
だから、今この場で生き残っているのは、敵味方含め自分だけだった。
他の者はみな手足を斬られ、首筋から血を啜られてしまった。
肌を這う唇と舌の感触に魅了され、快楽に侵されて、失神するまで血を搾り取られた。
「はぁ~あ。中央ギルドも、案外大したことないのねぇ?」
聞き捨てならない侮辱も、今は反論する気にもなれない。
だってその吸血姫は、今まさに、手を斬られて術式を結べなくなった自分の首筋に牙を突き立てているからだ。
じゅるる、といやらしい音が頭に響く。
快楽に脳が蕩け、視界がぼやける頃には、その恐ろしく獰猛な吸血姫の名を聞くことすらままならなかった。
(ああ。コーレィ様、申し訳ございません。どうやら自分はここまでのようです……)
昇進の夢も、遠く離れた故郷の弟妹に勝利の報を知らせることも叶わない。
それに……ああ……
「せめて、受付嬢のマリアさんに、想いを告げたかった……」
彼女に「好きだ」と。この戦が終わったら、言うつもりだったんだ……
その呟きに、吸血姫は血を啜ることをやめた。
そうして、さもつまらないことを聞かされたとばかりに、彼を砂漠に放り捨てる。
そうして、口いっぱいに含んだ血を、べしゃりと砂上に吐き捨てた。
「ああ……どれだけ新鮮な血を啜っても、私は、彼以外では満たされることはないのね……」
紅い月を見上げて、吸血姫は飛び去った。
干からびかけた隊長の虚ろな目に映るのは、紅月よりも鮮やかな緋色の着物と銀の長刀。
(あれは、どこかで見たような……?)
後日。命からがら逃げのびて来たエルリークによって惨敗の報を受けた中央ギルドは、伝説の吸血姫の復活に震撼したのだった。
優秀な薬師としてエルリークの手当てを任されたルデレは、その無数の噛み痕を目にして、思う。
(マイヤ……こりゃまた派手にやったなぁ……)
惨敗との報は受けたが、本当は誰一人として死んではいないはずだ。
砂上の兵たちは皆失神しているだけ。
だが、この噛み方を見る限り、相当痛くて怖い思いをさせられたのだと思う。
魔族によって奪還されたピラミッポを取り返そうと奮い立つ者がいったいどれくらいいるのか。片手におさまるレベルのマゾしかいないんじゃないのか?
(マイヤってば、いくら「二度と魔族に刃向かおうなんて思わないように」「誰がどうみても魔族の仕業と思うように」ったって、限度ってものがあるんじゃないの? これは、噛みすぎ。吸い過ぎだよ……)
自分が吸血されるときとはまるで違う、無遠慮で冷徹な傷痕が残るエルリークの首筋を見て、ルデレは――
不覚にも、ちょっと嫉妬した。
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