第24話 人類討滅戦

「敵は、中央ギルド大連合。『人類討滅戦』です」


 ドラコは僕らを軽々と両脇に抱えると、砂漠に乱立する得体の知れない尖塔オブジェの天辺に舞い降りた。


「ご覧下さい」


 黒いネイルで指差された先には、巨大な三角形の遺跡があった。

 ――ピラミッポ。東の島国から出たことのない僕でも知っている、超有名な文化的遺産のひとつだ。

 なんでも、昔の偉い王様や金銀財宝が眠っているとかで、遥か昔に魔王を打ち倒した際に魔族の手から奪還したらしいのだけど、五十年前に西の魔王が復活してからは(まだ噂程度で、単に魔族が力を強めているだけって話も聞くけど)ミイラやら魔女やらが度々この遺跡に度々侵入することがあるらしい。


 とはいっても、不死族アンデッドは基本魔術師職の聖属性魔法に弱いし、ピラミッポの入り口に数名の魔術師を交代制で配置しておけば奪われることはないんだって。

 それが公共事業の一環となって周辺の国の魔術師が潤ったり、見た目がでっかくて中身が謎だらけなその遺跡は、観光地として妙なところで人間に利益を齎している。

 でも、気持ちはわかるよ。貴重なお宝や古文書、王様の遺品があるかもと思うと、歴史を感じてわくわくするよね!


「へぇ……僕、一回行ってみたかったんだぁ!」


「何を言っている? 私が必要としているのは母上という名の求心力。各地の同族を集める御旗だ。貴様は必要ない」


「えっ」


「お荷物――貴様は留守番だ。貴様が傍にいると母上のパフォーマンスが下がるのだよ」


 ……ぐぅの音も出ない。


 マイヤに視線を向けると、マイヤは辛そうな面持ちで頷く。


「私はこいつ……ドラコが死なないように見張ってなきゃいけないから、人間側に立つことはできない。元より半分吸血鬼になっちゃって、姿を隠している身だしね。でも、中央ギルド大連合を相手にするとなると、私よりも強い剣聖や魔術師がごろごろ出てくると思うの。多分、戦力的には人間が圧倒的に優位……だから、ルデレくんはギルドへ行ってこのことを知らせて。大連合が有利になるように情報を齎せば、彼らに守ってもらえるはずだから」


「マイヤ……」


「大丈夫。『人類討滅戦』なんて言っても、要はあのピラミッポが欲しいんでしょう? 魔族は基本わがままだから、集団で共通の目的に向かって団結することはない。魔王様の為に人間を滅ぼそう!なんて大義はないわ。ドラコには、ドラコなりの目的があるのよ。そうでしょう?」


「さすがは母上。もはや語らずとも以心伝心ですねっ……!」


「だから母上じゃないってば。すりすりすんな、鬱陶しい! ああでもっ、ルデレくんがイライラしながらこっち見てくれるのはちょっとイイかもっ……!」


「ぜんぜん良くないよ、マイヤ」 


「ああん、嫉妬ルデレくん可愛いっ! もっと、もっとその熱くてどろっとした視線と欲を私に向けて……!」


 こうして僕らは、大変不本意ながら別行動をすることになった。

 ピラミッポ奪還作戦――『人類討滅戦』を終えたら、ドラコはマイヤを解放してくれると【契約】をしたから、約束は守る。それで僕らは貸し借りナシだ。


 僕は別れを惜しんでずるべたに甘えるマイヤを胸元から引き剥がして、中央ギルドに危機を伝えるべく最寄りの町を目指した。

 ドラコの翼があればひとっ飛びなのに。ドラコは送ってくれなかった。


 『麗しい淑女ならいざ知らず、誰が野郎を抱えて飛行などするものか。私は美女しか惑わさないし、美女の血しか飲まない』


 う~ん、不親切!(期待した僕も悪かったけど)

 ほんと、こういうところだよなぁ……


(それにしても、ネトレールってばどこまで行っちゃったんだろう……?)


 ◇


 かつて栄華を極めし王の墓――人間共の間では、重要文化財扱いをされて観光地化しているとかなんとか。なんとも嘆かわしい。

 我ら吸血鬼をはじめとする、不死アンデットの魔物は、数十年に一度この遺跡にてヴァルプルギスという名の夜宴サバトを行う。


 沢山の同族、沢山の生贄。この日ばかりは内部に施された封印を解き、一晩だけ霊体化が可能となった魔術王を使役して、遺跡内部から満天の星空を肴に淫蕩にふけるのだ。

 我らリリィローズの家族を除けば魔族に結束などないが、その美酒と同族との語らいを楽しみに世界各地から不死が集まる。母上リリィローズも、それを楽しみにしておられた。


 数年前にどこの馬の骨とも知れない剣聖に手傷を負わされ、身を隠しておられた母上。その匂いがひと際濃いこの少女は、おそらく母上の今わの際の呪いを受けたのだ。母上が少し前にお亡くなりになったのは家族としての絆――第六感で感じ取っていたものの、その原因をこうして見つけることができたのは僥倖だった。


 恨んでいるかと問われれば、確かに恨みはしている。

 だが、今わの際に母上がこのような呪いを残したことは、我らリリィローズの家族に対する最上の愛を示すもの。その事実の方が嬉しく感じてしまう私は、やはりどこかおかしいのだろうか。


 しかし、この少女に呪いを授けたことで完全に消失した。

 となれば、恨み言よりも先にこの世界の何処かで生まれ変わったを探す方が先だ。

 新たな身体を乗っ取り魂を流転させる――それが、吸血鬼たる我らの不死性だ。


 そのためには、母上が帰ってくるための目印……『家』が必要なのだ。


 いくら限りのない寿命を持つ私でも、世界中をあてもなく探すのは骨が折れる。

 一方で、世界にこれ以上目立つ建築物もあるまい。

 おまけにこのピラミッポは不死族に縁のある地。私も幾度となく夜宴に参加し、母上と共に美しい星空を眺めたものだ。とはいえ、たとえ満天の星空でも母上の美しさには到底敵いはしないがな。


 私は、中央ギルドのある街とは別の、ピラミッポを挟んで反対にある街に構えた(ささっと略奪した)屋敷に母上を案内した。


 中にいた人間は、美女と飯炊きを残して他の者は追い出してある。おかげで生活と魔力の補給(吸血)に何一つ不自由はない。


「母上の血の香りをつけた書状を使い魔に持たせて飛ばしてあります。数日もすれば、世界各地から夜宴ヴァルプルギスを楽しみにしている不死族がこの一帯に集うでしょう。次のヴァルプルギスは再来年。それまでに、あの城ピラミッポで母上をお迎えする準備をしなければ」


「で。作戦に必要な戦力が集まるまではここで暮らせって? その、『人類討滅戦』ってやつはいつ行うの? 日時がわからないんじゃあ、ルデレくんがギルドになんて報告をすればいいかわからなくて困るでしょう?」


「失礼ながら母上、そんなもの私の知ったことではありません。それに、もとより団結に欠ける我らがいつになったら満足のいく数集まるかなんて、私にもわからないのですよ。我々は我欲を貴ぶ魔族です、人間のように軍の編成なんて真似はできない。私としては、あくまで私が中央ギルドの将を殺す――力を振るうに十分な目くらましと盾、人間にとって不都合な囮が用意できればいいかな、くらいに考えています」


「うぐぐ、外道。でも、魔族である不死族にもそれなりに横の繋がりがあったことに驚きだわ」


「ひとくくりに不死族アンデッドと言っても、まぁ認識はそれぞれですから。来たいものが来ればいい。不死族という括りは、縄張りを区別しやすいようになんとなくで分かれている、あくまで大まかな分類――人間でいうところの血液型のようなものですから」


「魔族のくせに、やたら人間の文化に詳しいのね」


「まぁ、私も長く生きている身だ。人間の女を恋人として時期もありますからね。やはり生き血は、淫らで甘美な方がよい」


「……っ。この、人でなし」


「おかしなことをいう母上だ。もとより私は魔族。人ではありませんよ。ふっふふ……! そして貴女――母上も、もはや人ではありません。存分に、我らの夜会さつりくを楽しもうじゃあありませんか♪」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る