第23話 マザコンに嫉妬
ドラコ=マザコニア=リリィローズ。
そう名乗った銀髪の青年は、マイヤに頬をすりすりと、甘えるように匂いを嗅ぐ。
「ああっ……! 母上っ! 母上の
「ちょ――! やだっ。やめてよっ……! 何こいつ! 私は母上なんかじゃなぃぃ……!」
ぐいぐいと顔をおさえて抵抗するマイヤだが、正真正銘吸血鬼――しかも男性型の魔物相手に、力で敵うはずもない。
ついさっきまで窮地に陥っていた僕たちは、「助かった……?」という安堵もそこそこに、再びバタバタと暴れ出した。
「お会いしとうございました!」と。マイヤの頬にキスしまくる美形の青年を見て、僕は頭が真っ白になって。
ずかずかと大股で歩み寄って、その頬にビンタを食らわせた。
バッチィン!
「ちょっと、馴れ馴れしいよ。このマザコン」
「!!」
見るからに草食動物っぽい僕の思わぬ一撃に驚いたドラコは、赤くなった頬をおさえて半歩下がる。
「助けてくれたのはありがとうなんだけど、それとこれとは話が別じゃない?」
「え……ルデレくん? 怒ってるの?」
「……怒ってないよ。ただちょっと、馴れ馴れしいんじゃないの? って思っただけで」
(それを人は、怒ってると言うと思うのだけど……?)
マイヤは驚きに目を見開いて、同時に、胸の奥底がかぁっと熱くなるのを感じた。
(ルデレくん……まさか……嫉妬?)
「!!」
(ど、どど、どうしよう! ルデレくんが私のために、嫉妬して……!)
あああああ! 可愛い! 好き!
怒ってる自覚がないとこも、また可愛い!
――こんなの初めて!!
「きゃああ!」と内心で萌え転がるマイヤをよそに、ドラコはふぅ、とため息を吐いてマイヤに視線を戻した。
(一瞬、想定外の覇気に何事かと思ったが……些事よなぁ)
ドラコにとってはルデレのビンタなど痛くも痒くもないし、嫉妬されようとされまいと、大した興味もない。
ドラコはあらたまって、マイヤの頭に手を添えた。
「少々、なでなで失敬いたします。母上」
「だから母上じゃないわよ――」
瞬間。ドラコの掌から途方もない魔力が伝わり、マイヤの内に流れ込んだ。
「なっ――熱っ!?」
「しばしの辛抱ですよ。私が母上の血の匂いを間違えるわけがありませんが、なにせ数十年ぶりの再会ですので。一応、確かめておこうかと」
マイヤの内に流れる、吸血鬼としての魔力がみるみるうちに増幅し、黒の染め粉を飛ばしていく。宵闇に浮かび上がった艶めく銀糸に、ドラコがほぅ、と感嘆の息を漏らした。
「麗しい銀糸に、菫の光沢! やはり、母上の……!」
「な、何これ……身体が、熱いっ……!」
両腕で自身の身体を抱くようにして膝をつくマイヤの元に、僕は駆け寄った。
「んっ……んぁぁ……!」
「マイヤ、大丈夫っ!?」
そっと触れると、マイヤの身体は高熱を出したときよりも熱くなっていた。
ドラコが、「あっ」と手を離す。
「……ふむ。気合を入れて注入しすぎた。魔力の熱暴走だ」
「あぁぁ、熱いよぉ……ルデレくんっ、た、たすけて……ふぁぁ♡」
「声がやらしいよ、マイヤっ!? ……ああもう!」
僕は急いで鞄から鎮静剤を取り出して、マイヤの腕に注射した。
徐々に身体の熱がおさまり、呼吸を落ち着けるマイヤ。
僕は、その頭をそっと自分の膝に横たえて、水筒の水を飲ませた。
ドラコが、愕然としたように瞳孔を開いて、問いかける。
「待て、貴様……なんだ。それは」
黒いネイルの鋭い指先は、僕の手にした注射器をさしていた。
「え? これは……こないだ月の満ち欠け(?)が原因とかで、マイヤが熱を出したときに、僕が調合したものだけど……」
「どうやって」
「えっと……マイヤが苦手な匂いの薬草とか、僕にはなんともないのに、マイヤが触るとひんやりする――吸血鬼に効くっぽい草だったりとかを、少しずつ混ぜて蒸留して、試行錯誤して。マイヤがなんとなく安らぐ薬を調合してたのを、ちょっと強めただけだけど……?」
ドラコは、その返答に目を丸くし、同時に背筋を凍らせた。
――ふざけるな。
なんだ、この、吸血鬼特有の魔力を弱らせ、減衰させていく薬は。
(こんなものが人間の手に渡ったら……!)
ドラコは慌てて問いかける。
「おい、貴様――母上の腰巾着」
「……失礼だなぁ。なに?」
「その薬、よもやすでに人間の市場に出回っていたりはしないだろうな?」
「え? ボクが独自に作ったお手製だから、してないけど……」
「よし。寄越せ。全部」
「えっ。なんで」
――戦で使われたら、困るからだよ!!
(……言えぬ。言えるわけがなかろう! いくら母上のツレとはいえ、仮にも人間の小僧に!)
ドラコはこほん、と小さく咳払いをして、告げる。
「貴様たちを助けた礼を貰っていない。私が母上を助けるのには理由も礼も要らないが――貴様は別だ。だから、その薬を礼として貰ってやろうと言っている。ついでにその薬と作り方を、未来永劫他者に譲り渡さないと
「えっ。でも、さすがに全部は……」
「――早く。いくら吸血鬼の寿命が長くとも、気まで長いと決まったわけではない。いいから。金輪際その薬は母上を助ける為以外には使わないと約束をしろ! でないと、今すぐ貴様の手から母上を奪い去り、闇夜に消え去るぞ!」
「母上」と呼んで慕うマイヤにはあれだけ恭しく接するくせに。
人間である僕に対しては、この横暴さ。
目の前にいる吸血鬼が、やっぱりどうしようもなく『魔族』なんだということを、僕は改めて思い知った。
だとすれば、マイヤがダウンしている今、抵抗したって敵うわけもないし、無意味だ。
「わかったよ……」
僕が、最低限のマイヤ用の鎮静剤を手元に残して残りを渡すと、ドラコは満足げに息を吐いた。そうして、僕の元に「わぁん! 何この変態ぃ!」と駆け寄ってくるマイヤに向かって跪き、首を垂れる。
「久方ぶりの再開です、本来であれば城に招いて最高級の茶菓子でおもてなしをさせていただきたいところなのですが……こうして匂いをもとに馳せ参じたのにはある理由がありまして……」
「理由??」
「我らが吸血鬼一族……リリィローズの母たる血を宿す貴女にお願いしたいことがあるのです。魔族の中でもあらゆる形で死と生を繰り返す『不死族』の女王であった母上――その血のを色濃く受け付いだ貴女は、我らにとって何よりも敬いお仕えするべきお方。貴女が旗印となれば、各地に潜む不死族が面白いくらいに集まってくるでしょう。とある戦に、手をお貸しいただきたいのです」
「「戦……」」
すっごく良くない予感がするけど、マイヤは『家族を守る呪い』がかかっているし、リリィローズの息子のお願いは断れない――わけじゃないけど、戦をするなら彼だけでも守らないとだよなぁ……
マイヤはしぶしぶ頷く。
「ふーん。で。何を斬ればいいの?」
ドラコは宵闇に八重歯を覗かせ、妖艶に微笑んだ。
「敵は、中央ギルド大連合。『人類討滅戦』です」
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