第22話 剣がなければ剣聖も女の子
旅とは。
いつ、何が起こるかわからない。
そんなものは理解していたし、覚悟もしていたつもりだ。
ただ、実際にそうなってみると自身の力のなさに、舌をぎりぎりと噛みつぶしたくなる。
(ど、どうしてこんなことに――!)
銀粉草を取引した街を出て、中央国に属する大都市を目指す道中。
森を抜けた先には、黄金の砂の舞う荒野が広がっていた。
僕たちはただ、これから始まる砂漠越えに備えて、飲み水を補給しようと、当たり前のようにオアシスを目指しただけだった。
なのに。
僕の目の前には、今。
半裸にひん剥かれて、男たちに下卑た視線を浴びせられるマイヤの姿があった――
◆
数刻前――森にて。
マイヤはちゃきちゃきと、苛立たしげに刀の鯉口を鳴らしていた。
安全を確保するために、道中マイヤは先頭を歩く。
少し離れて、ルデレとネトレールがついてくるのが、もはやお決まりとなりつつある三人の旅のスタイルなのだが……
(……うざい。うざいわ。なんなのアレ……!?)
マイヤは、背後でルデレの腕を掴み、すりすりと甘えるネトレールに、殺意の波動が止まらない。
「ルデレさぁん! 私、あなたの――人間のこと、もっと知りたいですわぁ♡」
……なんて。色仕掛けでルデレくんに取り入ろうなんて。
サイテー。サイアク。
正直に言えば、即刻その腕を斬り落としたい。
だが、他でもないルデレがそれを止めるから、マイヤにはそれ以上どうしようもないのだ。
(うざい。うざすぎる……)
最近、ネトレールがウザい。
私とルデレくんの旅路にくっついて来るところからしてもうウザかったけど、ここ数日なんて、ルデレくんに対してでれでれと、これ見よがしにメスの臭いをさせちゃって……
でも、私には呪いがあるから。『家族』のあいつは殺せない。
(ぐぬ、ぐぬぬ……!)
「あっ。そうだ! そろそろ森を抜ける気配がするの。ちょっとネトレール、飛んで空から見てきてよ。この距離なら、ワイバーンに襲われても斬撃であんたを援護できるから」
「匂いでオアシスの気配はわかるが、どの方角かわからない」。そうのたまうマイヤの指示は、ルデレとふたりきりになりたいことがバレバレだ。
だが、他でもないルデレが「お願い」と言うから。ネトレールもまた、ぶぅたれながら飛び立つ。
そうやって、分散したのが運の尽きだった――
◆
森を抜けても、ネトレールが帰って来ない。
マイヤの鼻を頼りに一足先にオアシスに着いてしまった僕とマイヤは、人数分の飲み水を確保したあと、各々岩場の影で水浴びをしていた。
『ルデレくん……身体、洗ってあげようか……?』
なんて。さらしと腰布一枚姿のマイヤに誘われた僕は、逃げるようにして少し離れたところでタオルを濡らして、上半身を洗う。
(ネトレールってば、どこまで行っちゃったんだろう? ひょっとして、荒野にはオアシスが複数あったのかな?)
なんてことを呑気に考えていたら。突如、「きゃああっ!」というマイヤの悲鳴が響いた。
「マイヤっ!?」
慌ててマイヤのいた方に駆け寄ると、薄汚れた衣服を身に纏った野盗たちが、マイヤを取り囲んでいたのだ。
そのうちのひとりの手に、マイヤの刀が握られている――
(しまった……!)
咄嗟に、自身の過ちを後悔する。
僕らは、恥ずかしいなんて気持ちを捨てて、一緒に水浴びするべきだったんだ。
――離れるべきじゃ、なかった。
「マイヤ!!」
ズボンのポケットからナイフを取り出して立ち向かうまではよかった。
だが――僕に戦闘能力はなかった。
複数いる男のひとりに背後から回り込まれ、すぐにナイフを取り上げられて、砂上に組伏される。
いくらマイヤが冠位一級の剣聖だとしても。
剣が無ければ、ただの女の子――
僕は、マイヤの力を過信するあまりにそんな当たり前のことすら忘れてしまっていたんだ。
男たちに羽交い締めにされ、尚も抵抗を続けるマイヤに視線を向ける。
目の合ったマイヤは息を飲み――あろうことか、抵抗することをやめてしまった。
「……! ルデレくんには、手を出さないで……」
「!? マイヤ!? ダメだ! 早く逃げて!!」
僕は声を張り上げ、唇を噛み締める。
(ああ、なんで……! 僕のせいで……! 最近、こんなのばっかりだ……!)
賊のひとりがマイヤの腕を掴んで、身体を浮かすように高く持ち上げる。
「はははっ! お前、そんなにあいつが大切なのか?」
問いかけに、マイヤは即答した。
「大切よ」
返答に、男は嗜虐的な笑みを浮かべ、僕は一層唇を強く噛む。
「――じゃあ脱げよ。服を脱げ。そのあと、俺たちがたっぷり可愛がってやる」
(!?)
「ほら、どうした。脱げ! こいつがどうなってもいいのかぁ!?」
僕をおさえていた男が、僕の首にナイフを突き付けて、「ひゃはは!」と甲高く笑う。
するとマイヤは、水浴びを終えて着替えていた着物の羽織を脱いで、さらしとパンツ一枚の姿になった。
マイヤの豊満な胸を隠すには心もとない布っきれに、盗賊たちがヒュウ、と下卑た口笛を鳴らす。
マイヤは悔しそうに片肘を抱きしめ、屈辱的な表情で羞恥に頬を染めて視線をそらすばかり。その顔、仕草が、余計に盗賊の劣情を煽る。
見るからにどSっぽい盗賊たちにはそれが堪らないのだろう。
ああ、そんなエッチな顔しちゃダメだマイヤ。見ている僕も、イケナイ何かが目覚めそう……!
「よぉ~し、お楽しみといくかぁ!」
男のナイフが、さらしを切り裂こうとマイヤの胸元に当てられる。
僕とマイヤは、思わず目を瞑った。
(もう、ダメなのか……!?)
すると、宵闇の迫る荒野にばさりと翼の音がして、刃物を抜くような冷たい声が響く。
「――薄汚い手で、そのお方に触るな……」
『――外道め。』
声の主が呟くと。
目の前にいた男たちは、地面から生えた深紅の杭に刺し貫かれて、絶命した。
「「!?」」
呆然と、血飛沫を浴びる僕とマイヤ。
その眼前に、銀の長髪を靡かせた、端正な顔の青年が舞い降りる――
黒い皮膜の翼と、紅い目――
吸血鬼だ。
その青年は、きょとんと胸元を隠すマイヤに近づくと、おもむろに抱き着いて頬ずりをした。
「ああっ……! なんと馨しい、母上の
((……!?!?))
「いと麗しき吸血姫・リリィローズの長子――ドラコ=マザコニア=リリィローズ。推参いたしました。お迎えにあがりましたよ――母上」
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