第21話 秘密の吸血

 僕らは、僕らの力を合わせて――


「ネトレールを、助けるんだ!」


「!」


 力強く頷いたマイヤは、鼻と風の感覚を頼りに駆けだした。


 しばらくすると、遠くの方で森の木々が、ずずん……と区画ごと倒れる音が響いて。僕は、「ああ、マイヤがやってくれたんだな」と思う。


(――よし。僕は、僕にできることを……!)


 綺麗な布を冷たい水で絞って、薄っすらと、ネトレールの鼻と口を覆うようにかぶせる。

 できるだけ花粉が入らないように、呼吸が楽になるように。

 スーッとする軟膏を、喉に塗ってあげて……


 それから僕は、果物を剝き終わったナイフをよく洗って、拭いてから、自分の指先を斬りつけた。


(痛っ……!)


 結構な深さでいった。血が、沢山でるように。


 やがて、鋭利な一筋の切れ目から血が出てきて、指を滴って。

 僕はそれを、ネトレールの口元に運ぶ。


「……舐めて。なんだかんだで、きみにはコレが一番、栄養価が高いんじゃあないの?」


 錆臭い――いや、馨しい血の香りに誘われたのか、ネトレールが薄っすらと瞼をあける。

 彼女は、幼い姿相応の、なんとも弱弱しい声音を漏らした。


「……でも、約束が……」


(……!)


 ああ、マイヤと話していた、僕の血は吸っちゃダメってやつか。


「……魔族なのに。約束を守るの?」


 少なくとも、僕の知っている魔族は悪逆非道な獣ばかり。街やギルド、学校でも。ずーっとそう教わってきた。

 だから、まさかネトレールがそんなことを言うなんて、思ってもみなかったんだ。


 不思議に思って言葉を失っていると、ネトレールはぽつりぽつりと語りだす。


吸血鬼わたくし達は……気に入ったもの、好きなものへの愛着、執着を大切にします。好きなものは愛す、嫌いなものは殺す。そうやって、自分の思いのままに、愛と力をひけらかすことで、自己を肯定する生き物――だから、私とユーリィを助けてくれたあなた達は、私にとって……約束を守るに値する、なんですの」


「!」


 僕は、その言葉に心底驚き――同時に。口元を綻ばせた。


「じゃあ……コレは、マイヤには内緒ね。僕らのことを、『好き』って言ってくれたお礼だ。僕らも、できれば楽しい旅がしたい。きみと仲良くしたいんだ。だから、早く元気になって」


 そう言って、指を咥えさせると、ネトレールは驚いたように目を見開いて、やがてこくこくと喉を鳴らした。

 柔らかい舌先が、指を撫でて、くすぐったくて。


 しばらく吸血をしていたネトレールは、やがて、ぷは、と満足げな息をもらして、唇を舐める。隅々まで、その甘い血を味わうように。


「……ごちそうさまでしたわ」


「いえいえ。今の僕には、これくらいしかしてあげられないから。お腹が膨れたなら、もう少し横になって眠るといいよ。マイヤが銀粉草を駆除してくれたはずだから、苦しいのも、じきにおさまるさ」


 安心させるように、まだ熱のある額を撫でると、ネトレールは存外素直に横になってくれた。


 そうこうしているうちに、マイヤが袋いっぱいの銀粉草を抱えて帰ってくる。

 袋はかなり目が細かいから、思った通り、花粉をおさえられているみたい。


 マイヤに「お疲れ様」と言って、僕らは眠るネトレールの横で、鶏のスープを味わった。

 お腹がいっぱいになったマイヤがあくびをしだした頃、僕は、マイヤにも寝るように促す。


「ルデレくんは……寝ないの?」


 できれば、一緒の寝袋で。


 と。マイヤは思ったが、ネトレールがぐったりしている今日は、さすがになぁ。と思い改め、口を噤む。


「野営の番は僕がするよ。マイヤだって不調なのに、食料の調達や銀粉草の駆除を任せてしまったから」


「でも! ルデレくんだって、ネトレールの看病でずっと休んでないじゃない! 半分吸血鬼な私の方が、夜にも強いし、体力もあるし……!」


「いいから。今日はお休み」


 そう言って、ふわりと微笑まれると、マイヤは二の句が継げなくなる。

 優しいルデレの眼差しが、マイヤの心を、身体を、目を。蕩かした。


「う、うぅ……じゃあ、お休みなさい、ルデレくん。魔物が来たら、すぐに起こしてね。約束よ」


「うん、ありがとう。お休みマイヤ」


 マイヤが寝息を立て始めたのを確認し、ルデレはぱちぱちと火の粉の爆ぜる焚火を見つめた。うつらうつらと、頭が重くなるたびに、目の覚めるハーブを噛んで、意識を保って。なんとか一晩乗り越えようと、手の甲をつねりながら本を読む。


 夜の森はとても静かで、それが逆に怖い。

 ほぅほぅと鳴くフクロウも、木の実を齧る夜行性のリスも。

 何もかもが、僕らを狙っているように思えてくる。


 気丈に振る舞ってはいるが、銀粉草のせいで、マイヤの勘がいつもより鈍っているのはなんとなくわかった。

 それこそ、幼馴染の勘だ。


 今、誰かに襲撃されたら――

 そう思うと、怖くて眠れない。

 だが、同時に。疲れてどうしようもなく眠い。


 不安と疲労、緊張の狭間で戦っていると、ネトレールがもぞもぞと起き上がった。


「あ。ネトレール……具合はどう? 少しはよくなった?」


 問いかけに、ネトレールは目を見開く。


 そんな質問をしてくる、ルデレの方こそ。

 目の下にはくまが浮かんで、心なしかげっそりとしていて……

 自分に血を分けたせいで、貧血なのだろう。


「あなた……もしかして、私のために、ずっと寝ずの番を?」


「え? ああ、まぁね。でもこれくらい……野営は旅の基本だし」


「でも、そんな……今までだって、夜の番をする人は、お昼に休んでいたじゃない! 今日のあなたは休んでいないどころか、私につきっきりで、血まで分けて……」


「でも。ふたりよりは元気だよ」


 ふらふらと、それでも笑みを向けてくるルデレは、きっと自分を安心させようと、無理して笑っているのかもしれない。


 そう思うと、なぜか胸があたたかくなって、ルデレの懐に、いますぐ抱きつきたい気持ちになって……


 急に。ほっぺが熱くなった。


(な、なんなんですの!? 私……ひょっとして、まだ熱が?)


 はわわ! と気を紛らすように。ネトレールは寝袋に籠り直す。


 そんな彼女をみて、ルデレは――


 元気になったみたいで、よかったなぁ……


 と、思った。


 ◇


 翌々日。街についたルデレたちが、商店で珍しいキノコや獣の爪、薬草などを売買していると。銀粉草を目にした店主が、バタバタとギルドに連絡をしだす。


「??」


 首を傾げていると、どうやらこの地域では銀粉草は大変珍しいものらしく、それでいて鉱山が近くにあるので、掘削道具の手入れや消毒に用いる機会が多いそう。


 生えていた場所――群生地を教えてもらえれば、商店街の代表として、ギルドにその功績を評価するよう進言することもできるらしい。


(銀粉草の在り処……独り占めしても、何にもならないしね)


「マイヤ。教えていいかい?」


「ええ。もちろん! だって、私に銀粉草を見つけるようにあの場で指示したのは、他でもないルデレくんですもの。それに、私――これ以上昇進しないしね」


「はは。そっか」


 マイヤのお言葉に甘えて、ルデレは快く店主の提案を受け入れた。

 持ち込んだ銀粉草も高値で取引してくれて、階級昇進とまではいかないが、ルデレの功績として、この地域のギルドに恩を一つ売ることもできた。


 そんな、嬉しい誤算に頬を緩ませるルデレを、ネトレールは商店の屋根上に潜んで、同じような嬉しい気持ちになりながら、見つめていたのだった。



(あとがき)

 できあがっているお試しはここまで。連載再開まで、フォローはそのままにお待ちいただけると嬉しいです。

 冬のカクヨムコンにて本格連載予定(希望)の、ラブコメ要素強めの異世界ファンタジー。テーマはヤンデレと、少年の成り上がり。今後、ルデレがあれよと頭角をあらわしていく予定?です。


 異世界ファンタジーを書くのが久しぶりすぎて感触がいまいちわからないので、感想を、作品ページのレビュー、+ボタン★で教えていただけると嬉しいです!

★   ふつー、イマイチ

★★  まぁまぁ

★★★ おもしろかった、続きが気になる など。


 是非よろしくお願いします!

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