第20話 幼馴染と花粉とイチャイチャ
ひとまず、森の開けた場所まで出て、僕とマイヤはネトレールを寝袋の上に横たえた。今日は、これ以上先に進むのは無理だと判断し、早々に野営の準備を整える。
マイヤは水や食料を探しに行き、僕はネトレールの傍で、額に濡らした布をあてるなどして、看病に徹した。
ネトレールは、苦しそうに浅い呼吸を繰り返し、うんうんと唸るばかりだ。
吸血鬼のことはマイヤに関することくらいしか知らないけれど、元来、人間よりも体が丈夫と言われている魔族のネトレールが、こんなに具合が悪そうに……
「すごい熱だ……ただの風邪じゃない。何かしらの中毒……拒絶反応か? 免疫細胞が過度に働いて、暴走しているような。呼吸も苦しそうだし、肌も赤く……これは、蕁麻疹?」
華奢な腕をそっと手に取ると、二の腕の内側に、花のような形の、独特のあざが浮かび上がっていた。
「こんなの見たことない……」
だが、ネトレールの異常に明らかに関連していることに間違いはないだろう。
花のような湿疹に、浅い呼吸、意識を失う程のショック状態……
「まさか……アナフィラキシーショックか?」
僕は、数日前から今日までの道中で食べたものを思い出す。
パン、干し肉、果実に水、クッキー状の携帯食料。そしてユーリィのお弁当……
どれも、ピーナッツなどの危険なアレルギー物質は含まれていない。
もし小麦アレルギーであれば、初日にパンを食べた時点で何かしらの異変があるはずだ。
所持していた図鑑と照らし合わせてみても、まったく糸口がつかめない。
アナフィラキシー……重篤なアレルギー症状の可能性が濃厚なのだが、如何せんその原因がわからないのだ。
何をすることもできずに、ただネトレールの手を握って、「がんばれ」と声をかけることしかできない自分が情けない。
(何が十級薬師だよ……舞い上がって、喜んで。目の前で苦しむ女の子ひとり、助けられないくせに……!)
「ネトレール……負けちゃダメだ、がんばって、ネトレール!」
未だ魘される彼女に声をかけていると、マイヤが仕留めたての鳥と水を手に帰ってきた。
「ぷえっくしゅん! ルデレくん、ただいま……」
「ああ、おかえりマイヤ。ありがとう。夕飯は僕に任せて。あたたかくて滋養のある、鶏と生姜のスープでも作ろうか」
そう言うと、マイヤはすらりと刀を抜いて、その辺の木々を細切れにし、あっという間に焚き木を組み立てる。
「今、火を起こすね。ええと、マッチは……ぷえくしっ!」
「マイヤ……風邪?」
「ん~……わからない。熱もないし身体もなんともないのだけれど。なんか鼻がむずむずするのよね。ルデレくん、『鼻ちーん』して♡」
「はい、ちーん」
ずびび。
「にしても、マイヤが不調なんて珍しい。……花粉症だったっけ?」
腕の中で、おっぱいを僕に押し付けてごろにゃんと甘え散らかすマイヤに問いかけると、「んーん。違ぁう」なんて、これまた甘えた声音の答えが返ってくる。
僕はなんとなくだが、それが頭にひっかかってしょうがなくて……
「……花粉症?」
思わず、ネトレールの方を見た。
未だ苦しそうに呼吸の荒いネトレール。
症状は多分、重篤なアレルギーだ。
そして、幼い頃から身体が丈夫なはずの、マイヤの不調……
ふたりの共通点は――
……まさか。
「吸血鬼の苦手な花粉を飛ばす植物が……この近くにある?」
僕は急いで、図鑑をめくった。
使い古されて紙のごわごわになった図鑑の、ある一ページを開く。
「あった、『銀粉草』! 吸血鬼……とは一言も書いてないし、有害だとも書いてないけど。確か、鉱物の銀と似た殺菌効果を持つ花粉を飛ばすって――マイヤ。吸血鬼は確か、銀が苦手なんだよね? マイヤが半分吸血鬼になっちゃったあと、ウチにある銀の食器を全部取り替えてなかったっけ?」
「そうよ。別に、触れると皮膚が溶けるとか、焼けるとかじゃあないのだけれど。なんか、触ると力が抜けちゃうの。ふにゃあ……って」
「ふにゃあ……?」
何ソレ。ぜんっぜんわからない。
マイヤは、幼い頃から勘が鋭くて、全体的にこう……感覚で生きているし、こういうときの説明は、正直まったくあてにならない。
でも、銀に似た性質をもつ成分が吸血鬼にとって有害なことに間違いはないのだろう。となると、マイヤが軽傷なのは、純粋に吸血鬼としての血の濃さ――
ネトレールは生粋の百パーセント吸血鬼だから、こんなに苦しんでいるのかも。
僕は急いで、マイヤに指示をだす。
「マイヤ! 本当の本っっ当に、申し訳ないんだけど! 鼻が一番むずむずする場所を探して! もしそこに『銀粉草』……このページの、この植物が生えていたら。全部刈り取って、この袋に入れて口を固く縛って! そうすれば、花粉が飛ぶのをある程度はおさえることができるかも……? ネトレールにも、すぐに口と鼻を覆うマスクを――!」
本当だったら、こういうときは、結界とか、壁系の防御魔法の使える魔術師がいれば、銀粉草の生えているエリア隔離できて便利なのだけど。
なにせここには僕とマイヤしかいない。
僕らは、今の僕らにできる範囲で。
僕らにできることを全力でやって――
「ネトレールを、助けるんだ!」
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