第19話 ネトレール、寝取る? 寝取られる?

 西の国に向かう森の中。

 突如として始まった百合ん百合んな吸血行為に、ルデレは固まった。


 ネトレールはマイヤの首筋に牙を突き立て、美味しそうにジュルジュルと、血を啜っている。歳不相応な舌使いと吸血テクニックに、マイヤが思わず声をあげた。


「ンッ。ちょっと……やらしい音立てないでよぉ!」


 じたばたと甘い声をだすマイヤを、僕は助けるわけでもなく、呆然と見つめることしかできない。

 いや、正直に言うと。もうちょっと見ていたいな……なんて。下心が止められなかったんだ。


(マイヤ……自分は散々ぴちゃぴちゃとやらしい音を出すくせに。吸われるときは怒るんだ……?)


「うぅ、くすぐったい……やめてぇ。舌で傷口ぐりぐりするの、やめてよぉ……」


「んふふ。まぁ、可愛い」


 ついぞ聞いたことないような、マイヤのあられもない甘い声音に赤面してしまう。

 ヒートアップしたネトレールは、うふふ、と妖艶に笑ってマイヤに口づけようとする。

 咄嗟に避けようとするマイヤだが、慣れない吸血をされて貧血なのか、それとも身体が蕩けて動かないのか、ネトレールの顔を抑えるので手一杯なようだ。


「弱りきった乙女に口をつけるというのも、嗜虐心がくすぐられて堪らないですわぁ……!」


「やっ、やめ……やらぁ……!」


 弱々しい声音で目を瞑るマイヤ。徐々に近づく唇……

 僕はハッとして、思わずネトレールの腕を掴んで引き剥がした。


「やめろっ!!」


「「!?」」


 思わぬ語気の強さに、ふたりは固まる。


(あの怒気、なに……!? 何が起こったの?)


 内心で驚き、本能的に飛び退こうとするネトレール。

 マイヤも、まるで怒ったときの師匠を思わせる、只事でない瞬間的な覇気に、目を見開いた。

 温厚なルデレが、あんな剣幕で怒っているのは、初めて見たからだ。


 そして、濡れた。


(ルデレくんが、私のために、怒って……?)


 僕は、思い出したように我に返る。


「……あ。その、えっと……マイヤが嫌がってるじゃないか。いくら女の子同士でも、そういうのはダメだよ……?」


 パッと手を離すと、ネトレールは「ふぅん」と呟き、興が冷めたように身体を離した。


「じゃあ、今後、私のこの空腹はどうすればいいんですの?」


 勢いで押し倒されそうだったマイヤは、血の滴る首筋をおさえて体勢を立て直す。


「腕……腕から吸うのなら、いいわ。でも絶対に私の腕にして。ルデレくんのはダメ。絶対にダメよ。もし万一、ルデレくんに手を出したら……そのときは、あんたの四肢をバラバラにして、首と胴体だけにして持ち運ぶわ」


「うっふふ、コワイ♡ ……まぁいいですわ。今は、それで手打ちといたしましょう」


 びりびりと、肌の粟立つ殺気を鎮め、マイヤが再び歩き出した。


((危ない、危ない……))


 僕とマイヤは内心で、同時に安堵し荷を背負い直す。


 ――あいつは……危険だ。


 (――危うく、マイヤが百合に目覚めるとこだったよ。僕のナニカもね……)

 (――流されちゃダメ。ルデレくんの貞操は、私が守らなきゃ……!)


 ◇

 

 それから歩くこと数十分――

 突如として、マイヤが口元を抑える。


「ふぇ……ふぇ……ふえっくちゅん!!」


「大丈夫? マイヤ」


(今の……くしゃみ? やけに可愛いな……)


 むずがゆそうに、ちゅんちゅん言っているマイヤに鼻紙を当てながら、ルデレは思わず頬を緩ませた。そういえば、幼い頃にマイヤが風邪をひいたときも、同じことをしてあげた気がするな……


「ほら、マイヤ。ちーん、して。鼻ちーん」


「ふぁぁ……ありがと、ルデレくん」


 ちーん! と鼻を鳴らしたマイヤは、思う。


(……! ルデレくんの『ちーん』……イイ……!)


 マイヤは少し気恥ずかしそうに、それでいて、ここぞとばかりに甘え散らかした。

 ユーリィの屋敷を出てからの数日、ネトレールという邪魔者がいたこともあって、中々べったりする機会がなかったのだ。

 端的に言うと欲求不満だった。


 ルデレの膝枕に横たわって、鼻をかんで、風邪予防の薬を飲んで……

 なんてことをしていたら、ネトレールが急に倒れた。


 マイヤは、ルデレの膝から半身を起こして問いかける。


「何よ、ネトレール。まさか、ルデレくんの膝枕が羨ましくて仮病でも使うつもり? ざ~んねん! ルデレくんは今や、腕利きのお医者様並みの知識を持っているもの。仮病なんて姑息な真似は通用しませ~ん! あしから――」


「違う! マイヤ、ネトレールは仮病なんかじゃないよ……! どうして、急に……?」


 血相を変えて駆け寄ったルデレの元には、顔を青くしてぐったりとするネトレールの姿があった。


「え? あれ……? さっきまで、あんな元気に、私に嫌がらせしてたのに……?」


「本当に、なんで……!? だめだ、完全に意識を失ってる。瞼の裏も真っ白で、反応もない! これは体調不良なんてレベルじゃないよ! 命に関わる! でも、いったいどうして……?」


 あまりに急な出来事に、ふたりは顔を見合わせた。

 そして、同時に呟く。


「「これってもしかして……ピンチ?」」


 だって、今ここでネトレールが死んじゃったら……

 マイヤはどうなるんだ?

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