第18話 吸血鬼の病

「ということで。私――ネトレール=レルラレーレ=リリィローズは、復讐のために。あなた方の旅に同行させていただきますわ♡」


「うっそぉ」


「はぁあ? 許すわけないでしょう」


 口々に拒否する僕らに対し、ネトレールは妖艶な笑みを浮かべる。


「いいんですの? 私が、あなたの知らないところで野垂れ死んでも」


「「!!」」


 嘲笑うような口調の、言いたいことはひとつだ。

 マイヤが『家族』を守る呪いをかけられていることを、ネトレールは理解している。血の繋がりだか何だかわからないけれど、どこかで気づいたんだろう。

 それを利用して、道中僕らに、彼女のことを守らせるつもりでいるらしい。


 「仲間にして」。なんて口先ばかり。

 要は、自分を人質にして、マイヤの力をあてにしようって魂胆だ。


「ネトレール……あんたはやっぱり、性根が魔族なのね。腐ってる」


 忌々しげに舌打ちするマイヤ。それについては僕も同感だけど、こうなったら仕方がないと、すでにどこか諦めている自分がいた。

 それくらい、マイヤの呪いについては、僕らは手の打ちようがないんだ。


 でも、いくら魔族と旅を共にすることになっても。

 マイヤが死んじゃうよりはマシ。


 僕はため息を吐いて、マイヤの肩を叩く。


「諦めよう、マイヤ。彼女の復讐対象が僕らでない限り、彼女が僕らの根首を掻くこともないと思うから。だって、殺してしまったら、マイヤっていう強力な護衛がいなくなっちゃうからね」


 理にかなった説得に、マイヤは「でも……!」「やだ!」とか言いながらも、最後は納得してくれた。

 ぐぬぬ、と頬を膨らませ、にやにやとしたネトレールに、精一杯の文句を浴びせる。


「このっ……! くそっ……お邪魔虫ぃ!! せっかくのルデレくんとの旅路を――あんたみたいな存在を、世間じゃお邪魔虫って言うのよ!!」


「きゃはは♪ お母様が怒ったぁ!」


「お母様って呼ぶなぁ!」


「じゃあ、お姉様?」


「何をどうしたらそうなるの!? うぁああ! こいつ殺したいぃぃ……!」


「殺しちゃダメだよ、マイヤ」


 そんなこんなで、僕らの旅に、ネトレールという自称・妹の吸血鬼が加わった。


 ◇


 吸血鬼の本拠である西の国を目指す道中。

 ネトレールの復讐相手であるという剣聖は、西の魔王にまつわる魔族を掃討するべく世界を放浪しているらしい。

 「要はあてがないってことね」と一蹴されたネトレールは、その事実を否定することもできず、ふらふらと僕らのあとについてきた。


 マイヤ同様、髪を染粉でなんとかすれば、ネトレールだって十二歳の可愛い少女にしか見えない。僕はアレンジを加えて、ネトレールは黒でなく、銀に近い薄水色になるように染粉を改良してみた。

 銀髪の紅目っていうと、吸血鬼の代名詞みたいなところがあるけれど。水色だったら問題ないでしょ。目が紅くてもね。


「というわけで。いくら髪を染めていても、油断は禁物だ。西の国までは、できるだけ人里から離れて移動しよう」


「え~、ヤダ。せっかく人間と行動しているんですもの、わたくし、市場の桃まんが食べたいですわぁ! に聞いたことあるんですけれど、あれって、すっごく美味しいんでしょう?」


「文句言うんじゃない! お邪魔虫!」


 終始当たりの強いマイヤに、ネトレールは拗ねたように頬を膨らませる。

 それがなんだか、本当に幼い少女のようで。実際は何百年生きているのかわからない吸血鬼であるということを、忘れてしまいそうだ。


「あ~、もう! いったい何日森の中で野宿すればいいんですのぉ? 私、お屋敷暮らしの元奴隷なもので。虫がたくさんの森で寝泊まりするのは、もううんざりですわぁ!」


 「あ~あ~」なんて大袈裟に文句を垂れるネトレールに、マイヤはさっきから舌打ちが止まらない。

 マイヤはイライラと、腹立たしげに刀の鍔を鳴らした。


 斬りたい。斬っちゃダメ。

 斬りたい。斬っちゃダメ。

 斬っちゃダメ。斬りたい……


(あンの……わがままお邪魔虫ぃ……!)


 あいつ。ただでさえ存在が邪魔なのに。

 ことあるごとに理由をつけて、ルデレくんの寝袋で同衾しようとするの。


 ったく、油断も隙もない。

 やれカブトムシが怖いだの、一人じゃ眠れないだのと。嘘丸出しなのバレバレよ。

 ここまでくると、もうルデレくんの下半身に毒針でも仕込んでおかないと安心できないわ。


 今だって、「お腹空いたのぉ」とかいう、脳みその蕩けそうな甘ったれた声を出して、ルデレくんにべったりくっついて……


「……って! 何やってんの!? 腕! 腕! 腕組んでひっついてんじゃない!! 斬り落とすわよ!?」


 ぎょっとするマイヤに、ネトレールは挑発的な笑みを浮かべる。


「何って、誘惑ですわ。人を魅了し、血を求める。吸血鬼の嗜みですわよ」


「ふっざけ――! ルデレくんは私のものなのぉ!」


 血も心も、身体も――純潔もね!


 マイヤは慌てて、ネトレールの腕を掴んでルデレから引き剥がした。


「血を飲みたいなら、私のにしなさい!」


「えっ?」


 言われて、驚いたように目を見開くネトレール。

 しかし、思いついたように、マイヤの首筋に顔を近づけて匂いを嗅ぐ。

 くんくん。くんくんと……


「ちょっと、やめてよ。くすぐったい……」


「……確かに、半分くらいはお母様のものですけれど、残りの半分は人間ですわ。あら、不思議。これはこれで、案外美味しそう……?」


 そう呟いたネトレールは、おもむろにマイヤの首に齧りついた。

 驚きと、その舌の感触に、マイヤはびくりと肩を震わせる。


「アッ。ちょ……何して――! あんっ♡」


「あらあら? お姉さま、ココが弱いんですの~?」


「ふぇぇ、そこダメっ……」


 突如として始まった百合ん百合んの吸血行為に、ルデレはきょとんと固まった。


(あ、あれ……?)


 ついさっきまで、ネトレールに抱き着かれて、マイヤにやきもちを焼かれて。ちやほやされていたのは自分だったはずなのに。いつの間にか、おいてけぼりになっている。


 ……それはともかく。目の前で繰り広げられるあられもない光景に、ルデレの何かが目覚めそうになったのだった。

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