第15話 マイヤは天才だよ

 ネトレールの友達である、妹のユーリィを逮捕させずに、くそ最低ヤリチン魔王のイキリィだけを捕まえる。


 その作戦は、ある意味では僕にしかできないものだった。


「イキリィを捕まえて、警察に突き出すのは簡単だ。けど、僕たちはそれまでに、ユーリィが無罪放免されるだけの理由を作らなきゃならない」


「具体的に、どうするの?」


 マイヤの問いに、僕は答える。


「解毒薬だ」


「解毒薬……?」


「ユーリィ自ら内部告発するのは勿論だけど、ふたりは兄妹。何かしらの協力関係や裏があると疑われても仕方がない。

 だから、街中で中毒症状に苦しむ人たちを助けて、娼館から解放させられるような。兄の目論見の全てを台無しにするような解毒薬を無償で流布すると約束する。そうすれば、ユーリィは罪を許されるかもしれない。これしかないよ」


「でも、そんな解毒薬、どうやって……」


「僕が作る」


「「!!」」


 それから僕は、お屋敷に借りた客間に戻り、手にした解毒薬と、中毒症状の素となるスイートベラドンナの成分解析を行った。


 リトメス紙という、ある成分に反応して色が変わる紙を使えば、毒の成分の傾向をそれなりに程度は絞り込むことができるし、そもそも解毒薬が手元にあるんだ、それを、どうにかして高級品から安価な素材に変換できないものかと知恵を絞る。


 解毒薬が困っている人の手に渡らない原因は、大元の毒であるスイートベラドンナが希少で高価なこと、加えてその解毒薬の使い方っていうか、が悪趣味でニッチすぎて、貴族向けの価格設定になっていることだ。


 成分を解析して、近場の森でも採取できる植物から、お金を持たない街娘たちの分を作れるように、なんとかする……


 僕は、途方に暮れるため息を吐いた。


「……ダメだ。解毒薬の成分解析まではなんとかできた。これなら、メロウドリリウムが特効薬――解毒の主成分になると思うんだけど……」


「ルデレくんすごい。どうやってやったの?」


「えっ? それは……メロウドリリウムは、冷たくすると薄紫色に発光する性質があるから。比較的見つけやすい成分なんだよ」


「それを知っているルデレくんの知識がすごいわ。ルデレくん天才」


 いくら幼馴染の贔屓でも、そんな風に手放しで褒められると、さすがに照れちゃうな……


 けど、得意げに披露しているこの知識だって、実は最近知ったばかりのことだ。

 この数か月、マイヤの呪いを解くために本や図鑑を読み漁ったおかげで、僕はこんなに薬に詳しくなったのだから。


「でも、肝心のメロウドリリウムを含む植物が、この街の近くにはないんだ……!」


 原料を街の近くで入手できないとなると、輸入に頼ることになる。そうなると当然、価格も上がる。

 メロウドリリウムを含む植物の群生地は、大陸の中央の国。中央から離れた大陸東のこの港町では、もうそれだけで庶民の手の出る品ではない。


「どうしよう……!」


 頭を抱えていると、僕の書き出した大量のメモ用紙を「ふーん」と、よくわからない顔で眺めていたマイヤが、呟く。


「その、特効薬? のメロウドリリウムって……毒に対して、どんな効果があるものなの?」


「メロウドリリウムは、主として幻覚作用とかを緩和する成分なんだ。痛みを伴う毒を和らげる鎮痛剤の働きも持つ。スイートベラドンナの中毒症状に対しては、まさに特効薬だよ」


「幻覚をなんとかする……気付薬みたいなものかしら?」


「ちょっと……いや、かなり違うけど。マイヤ、心当たりでもあるの?」


 その問いに、マイヤは。


「ルデレくん。それ……植物じゃないとダメ?」


「?」


 首を傾げる僕を連れて、マイヤは屋敷と港町の間に広がる森に来た。明日の晩にはもうイキリィが帰ってくるらしい。そんなに時間はないのだけれど……


 そんなことを考えていると、マイヤはふんふんと僕の手をひき、ツタ植物の多く生えるエリアに移動する。そして、少しひらけた場所に出ると、その辺で(居合一発で)仕留める。

 木々を足場に、天高く跳躍しての一閃。空を飛ぶ鳥だって、気づく前に仕留めてしまうんだ。


 マイヤは本当にすごい。そんなとき、やっぱりマイヤは剣聖なんだなぁって、彼女をどこか遠くに感じたりする自分がいた。

 

 マイヤは、その仕留めた鳥を、ひらけた場所に向かって、ぶっきらぼうに投げ込む。


「マイヤ? 何を……」


「シッ。待ってて。この辺の鳥は結構素早い。そこらの魔物が捕まえるのは、ちょっと苦労するくらいにね。餌に困ったアイツらは、きっとすぐ来るわ」


 そうして待つこと、数分。

 が来た。


「来た! モルボラよ! ルデレくんはここにいて!」


 刀を手に、マイヤが大型の植物型魔物に向かって飛び出した。

 モルボラは、蔦のような無数の足で動き回り、大口を開けて獲物を捕食する、肉食の植物だ。放っておくと危険だが、薄暗い湿地を好んで生息するため、人里にはおりず、大体こういう森にいる。


「……閃っ!」


 まさに閃くような、居合の一太刀で。モルボラは緑の粘液を撒き散らかしながら倒れた。


 僕は、マイヤのその行動の意味を瞬時に理解する。


「そっか、植物じゃなくて、魔物の体液……! モルボラは幻覚の霧を吐く魔物だけど、口の方向にさえ気をつけていれば、そこまで怖くない魔物だもんね! おまけに繁殖力も強い!」


「餌さえ用意できれば、街の衛兵にも仕留められる。幻覚の霧を吐くんだもの、当然、自身の体に影響のないように、免疫を持っているものでしょう? この体液に、その……メロウドリリウムってやつ? 含まれてないの?」


 僕は歓喜に我を忘れ、思わずマイヤに抱きついた。


「含まれてる! マイヤ、きみは天才だよっ!」


「!! アッ、ルデレくん、そんなにぎゅうってされたら、私ぃ……♡」


 ぬ、濡れちゃ……♡


「すごいよ、マイヤ! マイヤすごい! さすがは多くの魔物を仕留めてきた剣聖だ! 魔物に対する知識と勘ならまさに一級! これなら、街の皆に行き渡るし、増産もできる解毒薬が作れるよ! スイートベラドンナだけじゃない、ひょっとすると、他の毒にも有効かも!」


「ってことは、つまり……?」


「ユーリィは助かるし、街の皆も助かる! あとは、悪巧みの元凶であるイキリィを捕まえるだけだ!」


 ◇


 そうして翌日。

 ふんふんと、身体に沢山のキスマークを残して、兄のイキリィが帰ってきた。


「ユーリィ、新しい買ってきたぞ〜♪(ゲス顔)魔導で強弱を調整できるっていう超ハイテクな優れものだ。魔導の得意なお兄ちゃんが、優しく(笑)調節してやるよ~」


 と。嘘丸出しのゲス顔な、お兄ちゃんイキリィが――


 ――世界に二十人しかいないと言われる冠位四級魔術師の中でも、屈指の腕前を持つという、死霊使いのコーレィ=マーファ。


 その父親が、頭を抱えるほどに扱いに困る、性格に反した才覚。

 若干十四歳にして、冠位六級魔術師である、お兄ちゃんが――


 帰ってきた。

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