第14話 リリィローズの『家族』

「その匂い……ひょっとしてですの?」


「マ、マイヤ……いつの間に、隠し子が……?」


 僕は一瞬、背筋がぞっと寒くなって、マイヤを振り返る。


「ルデレくん、ソレ。最低最悪の誤解だわ」


 腹いせなのか、八つ当たりなのか。訂正、もとい粛清するように、少女の頬をボグッ! と殴るマイヤ。


「わぁん! お母様にぶたれたぁっ! お母様にも殴られたことないのにぃっ!」


「紛らわしいわねっ! おまけに腹立たしい! 斬りたい! 私がルデレくん以外の男の子どもを孕むわけがないでしょうっ!?」


「まぁまぁ、抑えてマイヤ。でもこれで、この子がリリィ=ローズの『家族』であることは確定だね。助けに来たよ、お嬢さん。ここから出よう?」


 すっと差し出した手を「まぁ、紳士的なお兄様♡」と言って掴もうとする銀髪の少女。その手をペチン! とビンタして、マイヤは忌々しげに刀で鎖を断ち切った。

 ぽかんと呆ける少女を肩に担いで、マイヤはドスのきいた声で呟く。


「行くわよ」


 僕も、「あ。待ってぇ」とか言いながら、旅の荷物を担いで後ろを追いかける。


「あ。そうだ。ついでだもの、こんな悪の貴族の巣窟、ぶち壊してから去りましょう。――黒刃刀・秘奥……」


 少女を担いでいない方の手にした刀に、禍々しいオーラを纏わせるマイヤ。

 アレは……うん。剣の腕がドベのド素人な僕にもわかる。

 多分、一閃で屋敷が真っ二つになるやつだ。


「秘奥――千尋の……」


「ダメぇっ!!」


 構えるマイヤのその頭を、少女が、お返しと言わんばかりに、ぽくっ! と叩く。


「ダメ! 壊しちゃダメぇ! ユーリィは悪くないもの! 悪いのは、全部兄のイキリィですわ!」


「「……へ?」」


 僕らが思わず足を止めると、裸体にそこらで拾った薄布を纏った少女がふわりと降り立つ。透けるような銀糸はまさに、人を魅了する魔族のソレで、あどけなさの混じった、しかし妖艶なその美しさに思わずため息が出そうになる。

 ユーリィが、百合ん百合んにイチャつきたがるのも納得だ。


「……どういうこと?」


 訝しげに問うマイヤに、少女は。


「ユーリィは、ただ、わたくしにスイートベラドンナの解毒薬を飲ませてくれていただけですわ。口移しなのは、そういうプレイですの」


 なんでもない風に言ってのける少女に、マイヤが再び問う。


「……プレイ。その顔、まさか合意だったってわけ?」


「ええ。ユーリィは、顔が好みでしたので♡」


「助けて損した」


 さもがっかり、と肩を落とすと、少女はしゃなり、とお辞儀をして自己紹介する。


「私は、西の魔王の腹心たる吸血姫、リリィ=ローズの娘。ネトレール=レルラレーレ=リリィローズと申します。どういうわけかは知りませんが、お母様の血を受け継ぎし、すんごい剣士のお姉様に、お願いがありますわ」


「イヤよ。あなたの命に関わらないならお断り」


「じゃあ、お兄様にお願いしようかなぁ~♡」


 ぎゅむ、と今度は、僕の腕に少女が抱き着く。


(……うん。やっぱり。乳が物足りない……)


 そんな僕の気持ちなど知らず、マイヤは眉間に青筋を立てて少女を引き剥がした。


「あああっ、ルデレくん! こいつ殺したいぃぃぃぃ……!」


「殺しちゃダメでしょ。マイヤが死ぬよ」


「あああああ……!」


 そうして僕らは、少女もとい、ネトレールの言うことを聞くハメになったのだ。


「現在屋敷を留守にしている兄のイキリィが、もうすぐ帰ってきますの。イキリィは、世紀の性悪ヤリチンで、スイートベラドンナの毒性を利用して、街中の女を薬物中毒にして回っているのですわ。自身を慰めるのはもちろん、それでこっそり娼館を立てて、ボロ儲けまでしていますの」


「「うっわぁ……」」


「でも、父親のコーレィと違って、息子のイキリィはバカなんですの。詰めが甘い。ここのところ、街の警察が幾度もこの屋敷を訪れています。家宅捜索……捕まるのも時間の問題ですわ」


「ふん、自業自得じゃないの。で、何? そのイキリィをとっ捕まえて、街の人間を救おうとでも? あんたそれでも魔族――吸血鬼? なんか嘘くさいわ。魔族は普通、そんなことを考えないもの」


 はっ、と鼻で嗤うマイヤの着物の裾を、ネトレールは縋るように掴んだ。


「あなたの言う通り、街の人間なんて正直どうでもいいですわ。でもユーリィは、ユーリィだけは……」


「「ユーリィ?」」


「私……少し前に悪い剣聖に捕まって、ここに連れてこられて。お屋敷では銀の足枷をされて、性奴隷扱いでしたけれども。ユーリィには何度も救われていますの。ユーリィは、イキリィが私に手を出そうとするたびに、身を挺して、『百合プレイ好きでしょ、お兄ちゃん』と言って、兄の前で自ら私とイチャつくことで、私の純潔を守ってくれました……」


「ユーリィが……」


 なんか、良い話っぽく語ってるけど……正直、どの辺から突っ込んだらいいんだろう……僕もう、頭がこんがらがってきた。

 だが、やることが決まっているのはわかる。


「ふーん。要はその、イキリィって奴だけをボコればいいのね?」


「できれば、ユーリィは逮捕されなくて済むように、ですわ」


「えっ。無理でしょ」


「急に難易度があがったね……」


 家宅捜索をされれば、兄のイキリィは勿論、妹のユーリィだって罪を疑われる。

 いくら知らぬ存ぜぬで通そうとしても、屋敷にスイートベラドンナと解毒薬の反応が残っているかぎり、果てしなくクロ――共犯に近い。


 とはいえ、「奴隷を助けるためでした」なんて言えば、「その奴隷はどこに?」って話になって、人間の敵である吸血鬼のネトレールは、良くて牢獄、悪くて研究施設いきだ。


「ユーリィを逮捕させずに、イキリィだけを捕まえる……?」


 無理難題に近い要求に、ネトレールは魔族とは思えないまっすぐな眼差しで。


「お願い! ユーリィは、私の大事なお友達なんですの!」


(大事な、友達……)


 僕は思わず、マイヤを見る。

 目が合ったマイヤはにんまりと、満足そうに。


「ふふっ。ルデレくん、私たち……以心伝心ね♡」


 僕も、力強く頷く。


「わかった。なんとかして助けよう!」


 だって、友達おさななじみは……かけがえのないものだから。

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