第13話 だれがお母様よ
「スイートベラドンナは……一種の、麻薬のような植物だよ」
その言葉に、マイヤは目を見開いた。
「えっ。麻薬……薬物中毒ってこと? どうしよう。私、あの銀髪の方を、助けないといけない気がしてるのに」
「それって、ええと……あの銀髪の子が、マイヤを呪った吸血姫の『家族』だってこと?」
「……多分」
「そういう感覚なのかぁ……」
なんとも曖昧な。けど、それを無視したらマイヤが呪い殺されるっていうんだから、
幼馴染の僕が言うのもナンだけど、マイヤは人助けとか、本来ならあまり興味がないような子だ。
強くて、かっこよくて、可愛くて。でも、ヒーローになる気はない。
僕は、そんなマイヤのことを、大きな声では言えないけれど、嬉しく思っている。
だって、マイヤが皆のヒーローになっちゃったら、もう僕の傍には居てくれなくなる……
誰かに、僕の大事な幼馴染を――マイヤを。取られちゃうかもしれないじゃないか。そんなの寂しい。だからマイヤは、これでいいんだ。
「とにかく、助けるわ」
「え。どうやって?」
おもむろに刀を抜くマイヤを制止して、僕は尋ねた。
マイヤは、さも当然と言わんばかりに。
「ふたりとも、斬る」
「えっっ」
「大丈夫、私が助けたい方は吸血鬼よ。ちょっと斬ったくらいじゃ死なないから」
……雑っ!! いくら人助けに興味ナシとはいえ、限度があるでしょう!?
「ダメ! だめだめ! いきなり抜刀はダメでしょう! まずは、あの薬の保管場所と、解毒薬を見つけるのが先だ」
「?」
「仮にあの子を助けたとしても、そのあとに中毒症状で苦しんだら、意味がないってこと! だから解毒薬がいるの!」
「……解毒薬」
どこかしゅーんとした様子で、マイヤは刀をおさめた。
「銀髪の彼女――仮に、『妹ちゃん』だとしよう。妹ちゃんが飲まされているのは、おそらく、貴族たちの間で香水として嗜まれる、スイートベラドンナだ」
「……香水?」
でも、飲んでるけど。
そう言いたげなマイヤに、僕は説明する。
「スイートベラドンナは、独特の甘い香りが特徴で、通常は、希少性の高い香料として高値で取引される。けど、飲料として用いると、とても有毒なんだ。
香水として使うレベルの薄さなら、万一舐めてしまっても問題はないけれど、香水瓶の中身をそのまま薄めて飲んだら……頭痛、腹痛、吐き気にめまい、そして幻覚、その他諸々……考えたくもないね」
「じゃあ、あの、くそ厄介な『妹』が飲まされているのは……」
「前に見た図鑑、『毒性植物と人間の歴史』だと、家の中で奴隷の枷を外して――放し飼いにしたい貴族たちの間では、奴隷が逃げないように、毒物や薬物を解毒薬と併せて所持し、致死量未満に弱毒化して用いる悪どい貴族も多いって……それか、枷が通用しないような強力な魔族を飼いたい人が、薬物で快楽浸しにするとか、毒物と解毒薬のセットでコントロールするだとか」
「ってことは……?」
僕らは、得心したように顔を見合わせる。
「強力な魔族……多分、吸血姫リリィ=ローズの『家族』だよ」
そうして僕らは、銀髪の彼女を助けるために、スイートベラドンナの解毒薬の保管庫を嗅ぎつけ、袋に入るありったけをくすねた。
人様の物を盗むなんて賊みたいな真似、本当は感心しないけど。マイヤの命と、『家族』のためだ。しょうがないよね。
「これで香水は全部? じゃあ、あとは『妹』のところに戻って、あいつを掻っ攫うだけね!」
「まぁ、とりあえずはそれでいけると思う。解毒薬がこれだけあれば、数週間は保つと思うし、その間に、少し苦しいかもしれないけど、徐々に中毒……毒気を抜いていけばいいはずだよ」
「わかった! ルデレくんの策だもの、間違いはないわ。たとえ間違ったとしても、間違いなんて、私がなかったことにしてあげる! 私のこの、黒刃刀で!」
「そ、そういう問題じゃなくない?」
そうして僕らは、解毒薬を探しに出たんだ。
こういうときに改めて思うけど。
『物事の流れを風で読む』っていう剣聖、もといマイヤの力は本当にすごいな。
だって、こんなに広いお屋敷なのに。「なんか匂う」で、見事に解毒薬とスイートベラドンナの在処を見つけてしまったんだから。
ありったけの解毒薬と旅の荷物を手に、僕らは救出、脱出の準備を整えて、書架奥の隠し部屋に押し入った。
するとそこには、ユーリィはいなくて。
右足首に銀の足枷と鎖をした、銀髪裸体の少女が、ふかふかの寝具に埋もれ、丸まって眠っていた。
僕らに気がついた少女が、ふぁぁ、とあくびをしながら起き上がる。
存外呑気なその様に、僕らはしばし固まった。
すると少女は……
「ん……この匂い。ひょっとして、お母様ですの?」
マイヤに向かって、そう言った。
マイヤは愕然と、思う。
(お母様? 冗談じゃないわ! 私がっ? ルデレくん以外の男と、子作りするわけないでしょうっ!)
な、なんなのこいつ……!
隠し子疑惑だなんて、迷惑千万。
その巫山戯た舌、即刻、斬り落としてやる……!
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