第12話 スイート百合百合ベラドンナ

 齢十二ほどの美少女同士が、真っ昼間から。中が見えてしまうような薄い膜の、御簾の奥のベッドで、イチャコラぴちゃぴちゃと睦みあっている。


 ひとりはさっきの着物のユーリィ。もうひとりは、ウェーブの銀糸を真っ白な裸体の上に垂らした、人離れした美しさの少女だ。


 ふたりはベッドの上で、恋人のように両手を繋ぎ、何度も唇を合わせる。

 ユーリィが、傍に置いたコップの水を口に含むと、それを、喉が渇いている風の美少女は、ハァハァと甘い息を漏らしながら口移しで受け取る。


 年端もいかない、なのに官能的な光景に、僕は思わず顔を逸らした。


(び、美少女がふたりで、ずぶずぶに濡れながら乳繰り合っている……!)


 乳は――無いのに。


 僕は思わずマイヤのおっぱいをチラ見した。

 ……大きい。

 誰が見てもわかる。超がつくほどの巨乳だ。


 もうね。ちょっと刀振ると、たっぱん! って揺れるの。

 走っても揺れる。歩いても揺れる。

 押し付けられると、むにゅん♡ ってするんだ。


 (毎日こんなのを見てる(押し付けられてる)から、ふたりのがなんだか物足りなく感じてしまうのかなぁ……?)


 せっかくの絶世の美少女の裸体を前にして、どこか冷めてしまった僕は、隣のマイヤに小声で話しかけた。

 幼い頃から、たとえどんなに蚊の鳴くような小声でも、マイヤが僕の発言を聞き逃すことはない。マイヤは、耳がいいんだよ。(多分違う)


「ねぇ、マイヤ。あのふたりは、何をしているのかな?」


 そこはさすがの女の子。目の前の光景に、どうとでもないといった風に真顔で構えるマイヤは、しれっと言い放つ。


「イチャコラしてるわね。結構ハードに、ずぶずぶな感じで」


(いいなぁ。いつか私も、ルデレくんとあんな風に……♡)


「それは見ればわかるよ……」


 聞きたいのは、そういうことじゃなかったんだけど……


 はぁ、とため息を吐きかけると、ふと鼻に甘い香りが抜けていった。

 どうやらマイヤも、気がついたらしい。


「……甘い。やっぱりこの屋敷、なんだか全体的に甘いのよね」


「あ。やっぱり、気がついた?」


「でも、何これ? 桃って……私達の住んでいた地方ではあまり見かけないし、食べたこともそんなにないから、この香りが桃なのか、よくわからないわ」


「うーん。僕は何度か、ギルドの受付嬢さんに厚意でわけてもらったことがあるけれど……」


 『大陸産の珍しい果実らしいです。冒険者さんにいただいたのですが、私達だけでは食べきれなくて。ルデレさんもどうぞ』って。なんか、よくおかずとかお菓子とか、分けてもらってたなぁ。


 すると、マイヤは何故か抜刀したように目を見開いた。


「受付嬢が……ルデレくんに餌付けを……?」


「目が怖いよ、マイヤ。受付嬢さんは、収入が少なくて家賃にも困る僕に、ご飯を恵んでくれていただけだから」


「そうかしら? 絶っっっっ対、違うと思う。ルデレくん、まさか食事とか誘われて、そのあとホテルにお持ち帰りされたりなんてしてないわよね?」


「え? 一緒にご飯を食べたことはないけど……?」


「ならいいわ」


 ……ふぅ。危うく、故郷の田舎にとんぼ返りして、ギルド支部を建物ごと壊滅させないといけないところだった。命拾いしたわね、あの褐色エルフ。


「……うん。甘いけど、この香りは、桃じゃあないと思うなぁ」


 くんくんと鼻をひくつかせる僕を、マイヤは「可愛い……」なんて、何故かうっとりとした表情で眺めている。

 少女同士が睦みあうたびに、ぴちゃぴちゃと水が唇の端から零れて、甘い香りがして……

 僕は、呟く。


「多分……あの水だ」


「水?」


「あのふたりがキスするたびに、花みたいな……甘い香りがする気がする」


 ……でも、この花、なんだろう?

 花の種類には詳しい方の僕だけど、香りだけで種別を特定する、薬草ソムリエみたいな真似は、さすがに……


 様子を伺おうと御簾の向こうに再び視線を向けると、銀髪の少女と目が合った。


(しまった! 気づかれた……!?)


 でも、銀髪の少女は特段騒ぐこともなく。

 それどころか、懇願するような眼差しで、僕を見つめていた気がする……


 深紅の潤んだ瞳。紅潮した頬、朦朧とする眼差しと、喉が渇いた……


(……! まさか、薬物依存か?)


 くんくんと、再び鼻をひくつかせ、僕は気づいた。


 まさかのまさか。……できちゃったよ。薬草ソムリエ。


「あ。この香り……甘くて、まったりとしていて、それでいて抜けるような爽やかさ……まさか、スイートベラドンナ?」


「スイートベラドンナ?」


 きょとん、と首を傾げるマイヤに、僕は告げる。


「スイートベラドンナは……一種の、麻薬のような植物だよ」


「!」

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