第11話 四級降霊術師の娘

 屋敷の使用人はやたら青い顔色をして、「いかがなさいましたか?」と首を傾げる。


 マイヤは思った。そんなの、こっちが聞きたいくらいだ。

 隣を見ると、ルデレくんもきょとんと、ある一点を見つめたまま視線が釘付けになっている。

 私も同様に、その一点を見つめ直した。


(何? アレ……)


 その使用人のおでこには、札のようなものが貼ってあったのだ。

 額から鼻先を隠すくらいの、一枚の札。得体の知れないこの地域特有の文字が書いてあるみたいだけど、剣士ジョブの私に、魔術師としての知識なんてない。


(何語だろう……? てか、何? あの札。どこかの国には『使用人どれいは顔を出してはいけない』みたいな風習があった気がするけど、アレもその一種なの?)


 でも。顔、半分しか隠れてないわよ?


 隣のルデレくんも、そう言いたげな顔をしている。

 まさに以心伝心ね♡ 私たち、気が合うぅ!


 一方でルデレは、使用人の額の札を不審に思いつつも口を開いた。


「あの……僕たち、今晩泊めてもらえる宿を探していて。もしよろしければ、そちらのお屋敷に泊めていただくことはできないでしょうか? もっ、もちろん、お金なら平均的な宿代くらいのお礼もご用意できますので……!」


 問いかけに、使用人はぎぎ、と首を傾げて紫色の唇を開いた。


「それは……この館の主が、高名なる冠位四級の魔術師、江零コーレィ麻花マーファ様だと知ったうえでの発言ですか?」


(冠位、四級……!?)


 瞬間。僕は、思わず背筋をのばす。


 身近にいるマイヤが一級なので、「四級とか、そこまで凄くなくない?」なんて――

 思うわけがないだろう。


 だって、四級といえば。剣士や魔術師など、大まかに分類された各ジョブにつき、世界に二十人といない凄腕の役職だ。


 そもそもの話。一級なんていう、これまた世界に五人いるかいないかの肩書きを、十四歳のマイヤが持っていることの方がおかしいわけで。そんなマイヤの身近に、僕みたいな、へなちょこブロンズがいることがおかしいわけで。


 そんなこんなで。行きずりの旅人が、四級術師のお家にお邪魔しようなんて発言に、使用人さんが疑いの眼差しを向けるのも無理はないし、僕の猫背だってそりゃ伸びる。


 元々性別もいまいち不明だし、鉄仮面で感情が読めないとは思っていたのだが、どこか苛立たしげに、怒ったように見えるのは、僕が気弱なチキンだからだろうか。


「……私の一存では決めかねます。このお屋敷は、江零様の第二子、粋李イキリィ様と、第三子であらせられる由李ユーリィ様のためにあつらえられた別邸です。館の実質的主は粋李様。ですが、現在はご不在のため、由李様に指示を仰いで参ります。しばしお待ちくださいませ」


 そう言われて、門の前で待たされること数分。さっきの使用人が額の札をひらひらさせながら戻ってきた。


「お客人を歓迎する、とのことでございます。由李様の寛大な御心に、感謝なさいますように」


「あっ、ありがとうございます……!」


 そんなわけで、四級術師の別邸だという館に通された僕たちは、案内されたツインベッドの並ぶ部屋で久方ぶりにくつろいだ。


 部屋に入るや否や、ぼふん! とベッドにダイブするマイヤ。その拍子に、短い着物の下のパンツが……


(ピンク……レースの……布面積が少ない……)


 マイヤってば、いつの間にあんなエッチなの履くようになったの?


「わぁ~! ルデレくんの天才的交渉術のおかげで、ふかふかのベッドで眠れることになったぁ! すごいわ、ルデレくん!」


「……いや、交渉術っていうか。たまたま、運が良かっただけだと思うよ? それにそもそも、森のはずれのこの屋敷を、で見つけたのはマイヤだし……」


「んっふふ! どう? 今まで長いこと船旅で、せっかく久しぶりのふかふかベッドなんだもの。ルデレくんもこっちに来て、一緒に寝ない? 同衾♡」


「ふぇ……!?」


 なんて、マイヤが布団を広げて僕をからかっていると、見計らったようにドアがノックされる。マイヤがチッと舌打ちをしたように聞こえたが、ひとまず返事をしてドアを開ける。


 するとそこには、綺麗な絹の着物に身を包んだ、十二歳くらいの少女が立っていた。頭に札のついた使用人さんは、廊下の遠くの方で僕らの様子を伺っている。

 薄紅色の髪をふたつに結んだ少女は、僕とマイヤを視認すると、一言だけ。


「『いつ、如何なる霊的存在が、姿をヒトに似せて訪れるかわからぬ。お客人は、無下に扱わぬように』――お父様の言いつけよ。だから泊めてあげる。けど、いいわね、夜は絶対にこの部屋から出ないこと!! 私からは以上よ!」


 ツーン! と唇を尖らせて、ユーリィと思われる少女は去っていった。

 ドアが閉まったのを確認し、マイヤも唇を尖らせる。


「なんなの、あの子娘……偉そうに」


「まぁまぁ。泊めていただいてるんだから、そういうのはダメだよ、マイヤ」

 

 なだめると、マイヤはおもむろにベッドから腰をあげて、僕の胸元に顔を近づけ、くんくんと匂いを嗅ぐ。


「マ、マイヤっ……!?」


 近っ。顔……ていうか、おっぱいが近い!


 だが、そんな僕のどぎまぎを気にするでもなく、マイヤは鼻をならす。


「きな臭いわね」


「え……あ。ごめん。僕、まだお風呂入ってないから……」


「ルデレくんが臭いだなんて、ミジンコたりとも言ってないわ。言うわけないでしょ。思いもしない。けど、あのユーリィとかいう娘は、甘ったるくてイヤな匂いがする」


「それって……」


 まさか……


「『桃娘』? でも、桃娘はいわゆる性奴隷みたいな扱いの子のことを言うんでしょ? あの子は館の主(代理)だ。そんなわけが……」


 尋ねると、マイヤは立てかけていた刀を手に部屋を出る。


「……なんか、


「え?」


「身体がむずむずして……なんかおかしいのよ。ルデレくんのことを考えているわけでもないのに、身体がおかしいなんて初めて。この屋敷……


 ……おそらく、吸血鬼の『家族』にまつわる何かが。


「出歩いたらいけないのは夜でしょ? じゃあ、今。探索しましょ。日が落ちる前に」


「えっ!? でも、ここは他人様のお屋敷だし……」


「ルデレくんが行かないのなら、鍵を閉めて部屋で待ってて。私は……行かないといけない」


 それは、マイヤが以前打ち明けてくれた、吸血鬼の呪い――

 吸血姫リリィ=ローズの『家族』を守る呪いだろうか。


 僕は、僕を安全圏に置いて去ろうとする、マイヤの手を掴んだ。


「待って! 僕も行く!!」


「……! ルデレくん……」


 そうして、マイヤの感覚と風をたよりに、とある部屋の、古びた書物の並ぶ書架に手をかける。


(隠し通路……!)


 めちゃめちゃ怪しいその道の先には、扉が一枚。薄っすらと光の漏れる扉の隙間から覗くと、そこでは――


 先ほどの娘、ユーリィと、同じくらいの歳をした銀髪の美少女が。

 唇を寄せて睦みあっていた。

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