第10話 桃娘(タオニャン)屋敷・妹奴隷編①

 吸血鬼伝説の本拠と謳われる西の国と、幻の薬草『吸血鬼の涙』を目指して。持てる金貨のすべてを手に旅に出た僕とマイヤは、道中とある屋敷を訪れていた。


 僕らの生まれ住んでいた東の国の田舎町から、船に乗って、馬車に揺られて、大陸に渡ってすぐの港町。そこから森ひとつ越えようとした先に、その屋敷は建っていた。

 ひっそりと、賑やかな港町の喧騒と人目から隠れるようにして、貴族の別荘と思しき、見上げるような石造りの建物が聳えている。


「ほとんどの建物が木造だった港町とは、また違った装いだね。明らかに豪華すぎるというか、なんというか……」


 胡散臭いというか。ぶっちゃけ「地下で悪いこと企んでます」みたいな佇まいだ。すごーく怪しい。

 ほげーと屋敷を見上げる僕に、マイヤは腕を組んで鼻を鳴らした。


「臭い。臭いわ。きな臭いわね」


「でもしょうがないよ。港町の宿はどこもいっぱいで、僕たちは、夜の吸血行為を誰かに見られるわけにはいかないんだから」


「夜の行為……なんかエッチね♡」


「他意はないよ!?」


 だからこうして、森で仕方なく野宿でもしようかと思っていたら、森のわき道を抜けた先に、この屋敷が建っていたんだ。

 田舎とはいえ、僕もマイヤも一応町育ち。野宿なんてしたことないから、泊めてもらえるならばありがたい。屋敷はとても大きくて、部屋も余っていそうだから、ダメでもともと門を叩いてみることにしたんだけど……


「なんか、どっかの悪趣味貴族が幼い娘を攫ってきては、桃だけ食べさせて性的愛玩動物として飼い殺そうとしているみたいな佇まいね。『桃娘タオニャン』……とか言ったかしら?」


「『桃娘』?」


 首を傾げる僕に、マイヤはさも忌々しげに舌打ちをする。


「昔師匠に聞いたことある。大陸東のこの地域に、古くから伝わる、最低最悪の風習よ。なんでも、桃と水だけ食べて育った女の子の体液は甘いだとか、不老長寿の妙薬になるだとか。そんなことを言って、最終的に性奴隷として使い潰すの。まったく、金持ちの考えることはとんでもないわよね」


 とか言いつつも、マイヤは思う。


(ルデレくんの体液なら、私も……♡)


 おおっと。目が合っちゃった。


「え……体液を?」


 まるでわけがわからないといった、訝しげな眼差し。

 なるほど、ルデレくんはまだそういうシュミには目覚めてないってわけね。

 私は、ふわりと着物の袖を捲って、脇を晒してみせた。


「世の中には、女の子の汗とかそういうのに興奮する輩もいるってわけ。ルデレくんも、試しに嗅いでみる?」


 どうせ覚醒すめざめるなら、私で目覚めて……!


 瞬間。ルデレくんは驚きに目を見開いて固まる。


 一方で、ルデレは。


(マ、マイヤに、脇を嗅がないかと誘われているんだけど……?)


 ど、どうしよう。

 女の子の汗がいい匂いとか、そんな趣味僕にはない。ないけど……

 マイヤの脇がめちゃくちゃ白くてすべすべで、なんか目が離せない……!


 きちんと処理しているのか、元から薄いのか。毛なんて一本も生えてないし、森をひとつ通り抜けるくらい歩いたはずなのに、くさいなんて微塵も思わない。

 それどころか、なんかいい匂いがするんですけど……!?


 そのすべすべに触れてみたいと、理性に反して、ふらふら手がのびる。


「……! もちろん、ルデレくんなら好きなだけお触りもOKよ♡」


 にやりとしたマイヤと目が合って、僕はハッと我に返った。

 思わず、顔を赤くして目を逸らす。


「だ、ダメだよマイヤっ! いくら幼馴染でも、そんなの反則だよ……!」


「反則……? ルデレくん、いったい何と戦っているの?」


 ルデレくんの中には、幼馴染の脇に触れたらダメなルールでもあるの?

 なによそのルール。私が、ぶち壊してあげる……!


「と、とにかくっ! 屋敷の人に話を聞いてみようよ! 怪しいのは見た目だけで、案外いい人が住んでいるかもしれないよっ!?」


 タタ、と逃げるように屋敷に駆けていくルデレくんの背に、ほう、と思わずため息が出る。


(ルデレくんに……『女の子』って、性的に意識されちゃったぁ……!)


「ふふっ。ふふふふっ……!」


 「旅に出よう」なんて言われたときは、どうしようかと思ったけれど。

 こういう旅もイイじゃない……!


 私は笑って、ルデレくんと共に屋敷の門を叩いた。


 急な来訪に何事かと、使用人が扉を開けた瞬間――

 ふわりと、甘い香りが鼻をくすぐる。

 

 これは……花? それとも、果実かしら?


(え……? まさか……)


 本当にいるの? 『桃娘』――

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