第9話 ヤンデレ侍、旅立ち

「ねぇマイヤ。ちょっと、話があるんだけれど」


 あらたまった幼馴染の表情に、リビングでルデレ特製のハーブティーを片手に夜の活動時間を待っていたマイヤは、きょとんと固まった。


 普段へにゃりとしていて愛らしい彼の、あまり見ない真剣な表情……

 ああ、いつの間にか、彼もこんな、『男』の顔をするようになったのね。

 素敵すぎて、昼から濡れそう。


「マイヤが夜な夜な、こっそりクエストをこなしてくれているおかげで、まとまったお金が貯まってきたんだ」


「まぁ、ルデレくん、節約上手! 将来はいい主夫になるわね!」


 もちろん、お嫁さんは私♡

 他は認めないわ。


「だから、その……さ。僕と一緒に、旅にでない?」


「へ――?」


 その言葉に、マイヤは再び驚きに固まる。

 そうして、熱くなった両頬をおさえて椅子から立ち上がった。


「そ、そそそ、それって、蜜月ハネムーンってこと!?!?」


 やだやだ、プロポーズもまだなのに、ルデレくんってば気が早い!


「……な、なんで急にハネムーンなの?」


 きょとんとしちゃって、もう、ツレない!


 正面の椅子を引いて腰かける幼馴染は、どこか戸惑い気味に、先の妄言を聞かなかったことにして、こんもりと膨れ上がった金貨袋を机上に置いた。


「これだけあれば、数か月……いや、一年とか二年とか。クエストをこなしながら旅ができると思う。実は、西の国に『吸血鬼の涙』と呼ばれる幻の薬草が存在するらしいんだよ。それがどこに生えていて、どんな効力を持っているのかはまだわからない。けどそれが、『吸血鬼』と名のつく薬草である限り、可能性はゼロじゃない。僕はね、マイヤ……君の呪いを解こうと思っているんだ」


「……!!」


 瞬間。マイヤは紅い目を見開いた。


 かつてない焦りと動揺に、髪が魔力を帯びて染粉を飛ばし、銀糸を靡かせる。


(なんで? どうして? ルデレくん……)


 私とあなたは、もはや切っても切れない愛の鎖で結ばれた、運命共同体……

 解呪しちゃったら、元も子もないじゃない!!


 そんなマイヤをよそに、ルデレはぽつぽつと、胸に抱いていた想いを打ち明ける。

 自分が弱いこと、剣の腕はもはや絶望的なこと。両親の置いていった本や元来の気質から、薬草に関する知識はそれなりにあること。

 そうして、この数か月の間、吸血鬼と生贄に関する研究を進め、『吸血鬼の涙』という幻の薬草に辿り着いたことを。


 まっすぐな眼差しでそう告げる幼馴染に、マイヤは問いかける。


「あなたの血が私を生かし、私が命にかえてもあなたを守る……それじゃあダメなの?」


「……ダメだよ、マイヤ。そうしたら、僕に何かあったときに、きみも死んでしまうじゃないか」


「それでもいい! だって、私はルデレくんのいない世界に用なんてないもの! もし万一、ルデレくんが死んでしまったら、私だってすぐにでもあとを追って――!」


「それじゃあダメなんだッ!!!!」


「……ッ!?」


「ダメ……なんだよ」


 思わぬ大きな声に肩を震わせると、ルデレは縮こまったマイヤの手をそっと握った。


「残念だけど、僕は弱い。努力をしても、鍛えても、成長しないし、てんでダメ。それがずっと嫌だった。けどね、日々勉強をして、きみの役に立つ研究をしているここ数か月の自分は、不思議と嫌いじゃなかったんだよ」


「ルデレくん……」


「でもね。このまま僕が、自分のせいでマイヤを殺すような自分である限り――僕は、一生自分のことを好きになれない……と、思う」


「!」


「お願いだよ、マイヤ」


 困ったように眉尻をさげる、優しいルデレに、マイヤは折れた。そして濡れた。


「吸血鬼は、主として西の国に生息、多くの伝承を持つモンスターだ。東の外れのこの町じゃあ、吸血鬼に関する資料も情報も少ない。西の国に行こう」


「わ、わかったわ……ルデレくんが、望むなら……」


 私は、あなたと行けるならどこへだってついていくし。じゃないと身体はもとより、心も死んじゃうし……


「決まりだ」


 そうして、ふたりは旅立った。

 幼馴染の呪いを解きたいルデレと、解いて欲しくないマイヤの、見えない愛欲にまみれた道中が、今、はじまりを告げる。


 だが。たとえ行く手に、誰が、何が立ちはだかろうとも――彼を守る。

 あらゆる魔の手と、悪い虫から。


 ――絶対に。



 ヤンデレ侍、好きにて候――


 そう。全ては、彼への愛の名のもとに。

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