第8話 爛れた共依存生活

 前略、お父さん、お母さん。

 お元気ですか? 僕はそれなりに元気です。


 ある日突然、所属していたパーティが解散してしまったときは、今日から無職だ、どうしよう! なんてことにもなりましたが、幸い今は新しくパーティを組んでもらって、どうにかこうにか暮らせています。


 その相手が、なんと驚き! 幼馴染のマイヤなんです。

 ずっと遠い存在になってしまったと思っていたマイヤが、色々あって僕を頼ってくれて、今はふたりきりのパーティメンバーとして、毎日のように顔を合わせているんです。


 マイヤとは幼い頃から気心が知れていますし、元来人見知りな僕も、おかげで安心してお仕事に励むことができています。

 世界中の植物を研究する旅をしているふたりは、忙しい日々が続いていることと思います。

 けど、もし東の外れのこの町に立ち寄ることがあれば、顔を見せてくれると嬉しいです。


 草々。ルデレ=デレニア。



 薄くて安物の便箋に筆を走らせながら、僕はここ数日の出来事を反芻していた。


 マイヤが吸血鬼にされてから、数ヶ月。

 姿形が、人間の敵である魔族のようになってしまった(実際、半分は魔族になっている)マイヤを匿うように、僕らはふたり、ボロアパートで暮らしている。


 艶やかだった黒髪は、絹糸を思わせる銀糸に変貌し、瞳も紅い。

 その、人間を虜にする浮世離れした美しさは、見る人がみればすぐに魔族だとバレてしまうだろう。


 髪は染料で染めればいい。幸い町の近くには森があって、樹皮を加工すると黒い染料になる木が沢山生えている。スライムからとれる粘液やら花をすりつぶした香料やらと混ぜ合わせれば、水にも強く、数週間は色が落ちない。


 そんな染料を独自に開発したのを見て、マイヤは「ルデレくん天才! これ、ギルドに特許を取って販売しましょうよ! 実益を伴う確たる実績があれば、飛び級の冠位取得だって夢じゃないわ!」なんて。呑気に皮算用をしている。


 でも、いくらマイヤにそう言われても、僕がギルドに特許を出願することはない。

 だってそんなことをしたら、マイヤの髪が染め粉だってバレてしまうじゃないか。


 コウモリのような皮膜の翼も、マイヤが気合を入れると出したり引っ込めたりできるようになった。気合だとか、まったく意味も理屈も分からない僕に、マイヤは、「気持ち的には、居合で首を飛ばすときに似ているわね」とか。更にわけのわからないことを言う。

 普通の人はね、そんな簡単に刀一本で首を飛ばせないんだよ、マイヤ。


 それから僕らは、姿を隠しながら夜に活動をし、(マイヤにとっては)簡単なクエストをこなしてお金を貯める生活を送っている。


 それから、これはマイヤにはまだ内緒だけど。

 僕は、吸血鬼の呪いの解呪と、生贄の血の研究を始めた。

 生贄とは、この場合――マイヤに血を捧げる僕のことだ。

 両親の残した古い書物や図書館、ギルドで。沢山の本を借りて読みふける毎日。


 僕は、マイヤと違って強くない。


 今は幸い町に居場所があって、なんとか暮らしているけれど。

 魔族の蔓延るこの世界で、いつ、どこで死んだっておかしくはないんだ。


 とはいえ、十四歳にもなれば、大半の子どもは親から自立して、冒険者なり手に職つけるなりしている歳だ。僕だってこのまま、マイヤにおんぶに抱っこじゃあいけない。

 それに、もしこれから、僕に何かあったとき、マイヤがお腹を空かせたり、ピンチになるのはよくないからさ。できればそうなる前に、マイヤの呪いを解いてあげたいんだ。


 所詮僕のなんて小手先の知識かもしれないけど、少なくとも、小さい頃から頭を使うのが苦手なマイヤよりは、彼女のために、色々と考えることができると思うから。


(マイヤ。たとえどんな姿になっても、マイヤは僕の大事な幼馴染だよ……)


 僕は、そんなことを考えながら、ボロアパートのソファに沈んで、僕の首に齧りつくマイヤの頭を撫でた。


 「いつお腹が空くかわからないから」と言って、ソロクエストのない日は、僕の家に同棲同然に入り浸るようになったマイヤ。

 いつでもマイヤの気の向いたときに(割と四六時中)、抱きつかれて、首筋に唇をつけられながら、爛れた(と意識しているのは僕だけかもしれないけれど)生活を送っている。

 マイヤは強いし、すごく可愛い幼馴染だけど、やっぱりそこは人間いきものだから。空腹にはかなわないもんね。


「……マイヤ。どう? お腹はいっぱいになった?」


 僕は、首がジンジンと火照ったように熱くって、貧血なのか、意識が朦朧としてきたよ。


 覆いかぶさるように抱き着いているマイヤのおっぱいが、首の角度を変えるたびに色んなところに当たって、むにゅむにゅと……柔らかくって、しっとりしてて。変な気分になってくる。


「ねぇ、マイヤ。その、血を啜るときにぴちゃぴちゃ音出すの、やめられないの?」


 なんかやらしいってば。


 その音は、よく言えば子猫がミルクを飲むみたいだけど、首筋を舌で舐められながらやられると、もういやらしい行為にしか思えなくて、僕はいつもたじたじだ。

 マイヤにそう正直に言えればいいけど、恥ずかしくってちょっと無理。


 精いっぱいに指摘すると、マイヤは顔をあげて、きょとんと愛らしく首を傾げた。


「ルデレくん……いやらしいのは好きじゃない?」


 ……いやらしい音を出してる自覚はあったんだな。


 僕は思わず、赤くなった顔を逸らす。


「そうじゃないけど……やっぱりさ、僕も男だし……」


 すると、マイヤはにんまりと、魔族みたいな笑みを漏らす。


「ルデレくん……私、吸血鬼になって、こうしてルデレくんと一緒にいられるようになって、幸せよ」


「……! し、幸せなんてことないでしょ! 現にこうして、マイヤは僕から離れられなくて、一日に一度は吸血しないと、お腹が空いてフラフラになっちゃうじゃないか!」


「それでもいいの」


 だってソレ、半分は弱ったフリ演技だもの。


 三日に一度でも吸血できれば、ぶっちゃけ十分よ。

 吸血鬼ってすごいわね。魔族パワー(?)がみなぎって、四天王とか素手で倒せる気がしてくるの。

 今なら中央ギルドの最高指導者――あのいけ好かない元帥も、刀の錆にできるかも。

 でもね……


「私はもう、ルデレくんがいないと生きていけない。ルデレくんもまた、無職の文無しで、私がいないと生きていけない……」


 ああ、なんて素敵な共依存関係なのかしら!


「ルデレくん……ずーっと、ずっと、一緒にいようね……」


 抱き着くマイヤの柔らかさに、ルデレはそれ以上の言葉を失う。


 ルデレたちの住むボロアパートの片隅で、半分に割れた狐面が、カラン、と渇いた音を立てて転がったのだった。


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