第7話 彼なしでは生きられない

「家族の行く末を、よりにもよって彼奴の――かように忌まわしき娘に託さねばならんとは……」


 呪いの付与によって力を使い果たしたのか、さらさらと煌めく銀の灰になりながら、吸血鬼は姿形を失った。

 散りゆく最期に、『これも縁か……』と、言い残して。


 死んだのかしら? わからない。

 なにせ吸血鬼は不死と呼ばれる存在だから、この灰を集めて人形に詰めたら、案外蘇ったりするのかも。


 でも、今わかることは、ひとつ。


 私はついに、彼なしでは生きられない身体になったのだ!


「ルデレくん! ルデレくんっ!」 


 薄暗闇の階段を駆け上がり、地上で待つ彼の元へと急いだ。


 ああ、ここまで長かった。


 ルデレくんはいまだに、私とパーティを組むことに後ろめたさを感じている。

 腰巾着、金魚のふん、ヒモ――そんな奴に魅了されて、いいように使われて。この淫乱侍め。

 どれだけ後ろ指さされたって、私は一向に構わないのに。


 私はただ、ルデレくんと、昔みたいに。木の棒を持って勇者ごっこをして、走り回っていたいのよ。

 永遠に、終わることのないふたりだけの庭を、未来永劫ぐるぐると――ね。


 でも、口先だけで「私にはあなたがいないとダメなの」なんて言ったところで、事実が伴わないんじゃあ意味がない。説得力がないでしょう?


 不慮の事故(本当は故意だけど)で負った、吸血鬼の死に際の呪詛――

 これはきっと、冠位の魔術師にだって解くことはできないだろう。

 いいわ、いいわよ。私、こういうのを待ってたの。


(ふふ。最高の置き土産……たしかに受け取ったわ)


 ああ、ルデレくん。

 これで、私の全てはあなたのものよ!


 逸る気持ちが皮膚を引き裂き、私の背から翼を生やす。

 痛みも熱さも、なにもかもを忘れ去って、私は彼の腕に飛び込んだ。


 天を舞い、降下してきた、翼の生えた幼馴染を、ルデレはわけもわからず抱きとめた。


「ルデレくんっ! ああ、すっごくいい匂い……!」


 恍惚とした表情で、幼馴染がおもむろに首に齧りつく。


「痛っ! マイヤ、どうしたの!?」


 問いかけに答える余裕もなく、マイヤは本能的な飢餓と快楽に侵されて、いやらしい音を立てながらルデレの血を啜った。


 押し倒されて、されるがままだったルデレは、その鋭い痛みと目の前に見えるマイヤの翼、変わり果てた髪の色に、幼馴染が吸血鬼になってしまったことを悟った。


 人心地ついてマイヤの食欲が満たされた頃、ルデレは貧血気味の頭に鞭を打って問いかける。


「マイヤ……まさか、負けちゃったの?」


 それで、吸血鬼になっちゃったの?


 問いかけに、幼馴染は答えた。


「いいえ、倒したわ。吸血鬼は、この城にはもういない」


「じゃあ……その姿は?」


「死に際に呪詛をかけられたのよ。吸血鬼になっちゃう呪い」


 首筋から顔を上げたマイヤは、にんまりと妖艶な笑みを浮かべ。


「私……もう、ルデレくんなしでは生きられないの」


 心も、身体も……ね。


 そう、うっすらと月の見える宵闇を背にして。マイヤは微笑んだ。



 ヤンデレ侍、好きにて候――


 そう。全ては、彼への愛の名のもとに。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る