第6話 愛の呪い

「いい? あなたは私に、これから。死に際の一撃――呪詛のろいをかけるの」


 その言葉に、吸血鬼は目を見開いて固まる。


「あなたの呪いで、私を――吸血鬼にしてちょうだい」


 そう。彼の血を飲まなくては生きていけない……そんな身体に、してちょうだい。


 すると、吸血鬼はなにが可笑しいのか、高らかに、歌うように笑い出した。


「きゃはははは! 我に契約を求むか! 貴様のような小娘が! 魔王様の腹心たる我に! おまけに呪詛だとぉ!? 貴様、自殺するつもりか?」


「こっちは大真面目なのよ。笑ってんじゃない」


 ざく、と喉へ刀を斬り込むと、吸血鬼は「待て、待て」と言って楽しそうに嗤う。


「はは、そう急くでない。元より我は死に損ない。おまけに貴様の先の一撃で、もはや喋るだけでも精一杯の身よ」


 そう言って自嘲気味にわらうと、吸血鬼は、綺麗な紅いネイルの指を一本、私の目の前に立てた。


「ひとつ、約束をしろ。その約束を違えれば、実力の差に関係なく、我は貴様を呪い殺す」


「……いいわ。何?」


 まさかのまさか。最初に引いた吸血鬼が『呪詛をかけられる実力者』だった。

 私は運がいい。

 もしこいつが呪詛のかけられない吸血鬼だったら、はるばるを求めて、旅をしないといけないところだった。


 私は、私の望む悲願のために。

 他に打つ手がない以上、今はこいつの言うことに耳を傾けるしかないだろう。


 首を傾げると、吸血鬼は思いのほかまっすぐな眼差しで告げる。


「我の眷属――『家族』には、手を出すな」


(……!?)


「もしこの条件をのめないのであれば、我は今すぐ銀の奥歯で舌を噛み切って死ぬ」


「!」


「いくら不死たる吸血鬼でも、銀による傷はそう簡単に癒せないのは知っているだろう? ゆえに、魔王様の腹心たる我は、こういうときの為に自死する手段を持っているのだ」


 どこか得意げに、そして不敵に、吸血鬼は私を嘲笑った。

 一方で私は、あいた口が塞がらない。


 魔族が、『家族』を重んじるですって!?

 ふざけるな、こんなの聞いたことがない。


 魔族といえば、悪辣で、底意地が悪く、横暴で高慢。血と戦、略奪と殺戮を好み、力なき者を蹂躙する。世に渦巻く『悪』を鍋で煮詰めてエリクサーにしたような、そういう生き物だ。


 それが……


「何が望みか知らないが、貴様が望むというのなら、思い描いたような呪詛を貴様にかけてやろう。ただしその代わり、私の呪いが貴様を蝕み、各地の『家族』を必ず守る。そういう呪いをかけてやる」


(…………)


 しばし考え、問いかける。


「それって、もしかして、もしかしなくても。下手をすれば私が世界の――人々の敵になるってこと?」


「さぁ? それもまた、我の家族次第だな」


 そのからかうような笑みに、私は、自身の望みと世界を秤にかける。


 そうして、すぐに思い直した。


 私はまだ十四歳。恋に生きる乙女なのよ?

 自身の出世よりも、意中の彼のパンツの方が気になるの。明日のクエスト内容よりも、髪のトリートメントと肌艶、おっぱいが彼好みにきちんと育っているかどうかの方が大事だわ。

 そんな、急に世界と彼のどちらかを選べだなんて、選べるわけもない。私、まだそれほど大人じゃないもの。


 それに、もし今選ぶなら。世界の人には悪いけど――

 私、彼を選ぶわ。


 そもそも、この吸血鬼の家族が世界を滅ぼそうと狙ってるなんて、根拠もないしね。もし悪いこと企んだら、呪いの効力が発揮されないように、誰かを使って間接的に殺せばいいだけよ。そうよ、そうしましょ。


 そんなこんなで、私は吸血鬼と契約を交わした。


 かぷり、と吸血鬼が私の首に噛み付くと、全身の血が熱くなって、髪が少女と同じ銀色になって。多分だけど、目も紅くなったんだろう。


「ああ、これで私は、吸血鬼になったのね」


「そうだ。今後お前が、『初めて血を吸った者』以外の血を受け付けなくなる吸血鬼。なんとも難儀で生きづらく、しかしその一途さ故に、我ら吸血鬼の間では『永遠の誓いエンゲージ』と呼ばれる。愛の呪いだ」


「愛の呪い……」


 私は、魔族のように伸びた犬歯をちらつかせ、思わず口元を緩ませた。


(ああ、なんて……なんて私にぴったりの呪いなのかしら!!)

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