第5話 ヤンデレと吸血鬼

 まだ日の落ちていない夕方なのに、その古城はまっくらで、入り口と思われる扉を開けると、錆び腐れた蝶番がギィィと嫌な音を立てて向こう側に倒れた。


「あっ。壊しちゃった」


 なんて。誰も住んでいない(住んでいても吸血鬼モンスターの)お城に気を遣う必要なんて微塵もないのに。そんな呟きひとつ取っても、ルデレくんは優しくていい子。


 私はふんふんと鼻歌を鳴らしながら、古城の中でもひと際ウジウジと闇の気配が濃い場所を探す。

 なんかね、そういうのは勘でわかるのよ。

 魔族とか吸血鬼とか、陰気で悪辣なことばっか考えてそうな奴ほど、暗くて湿った地下とかに住みたがるの。


 町の人たちは、『さすが剣聖。風で物事の流れを読んでいらっしゃるのですね!』なんて言うけど。こんなのなんてことはない。女の勘よ。

 小さい頃も、近所のメスガキがルデレくんに欲情丸出しのバレンタインチョコをあげようとしていたのを、メスの匂いで察知して、腕を捻りあげてやったわ。

 それと一緒。


 古城で最も陰気な場所、ダンスホールのシャンデリア下に着いた私は、おびただしい数の蜘蛛の巣に顔を顰めつつ、パイプオルガンの床下付近から漏れ出す風に呼吸を合わせた。


「――せんっ!」


 手にした刀を一振りすると、床下から地下へと続く階段が現れて、西の国の共同墓地カタコンベを思わせる、おぞましい地下空間へと繋がっているのがわかる。


「ルデレくん。ここで待ってて」


「え? でも……」


 「危ないよ」と私を気遣う台詞を言いかけて、彼は口を噤んだ。

 多分だけど、「自分がついていった方が危ない」と、思い直したんだと思う。

 実際、もし本当にここに吸血鬼がいたのなら、このクエストは冠位四位ブルー相当のクエストになる。ここから先は、私だって気を抜けない。


 それに。


(ここから先の出来事は、あなたに見られてしまっては困るのよ。ルデレくん……)


 そう胸の内で呟いて、私は地下へと階段をおりた。


 延々と暗闇を下り、随所で出てくる使い魔的なモンスターを蹴散らすと、辿り着いた先にはひとつの棺桶があった。

 間違いない。この中で、傷ついた身体を癒すために、吸血鬼が眠ってる。


「――黒刃刀、秘奥。椿落とし」


 竜の首でもオーガでも。首ならなんでも斬り落とす、師匠直伝、秘奥の一太刀。

 私は躊躇うことなく、棺桶の上から首を両断する一閃を放った。

 ガシャァン! と棺桶が勢いよく吹き飛び、洞窟内に破片が霧散する。


(まぁ、相手は西の魔王の直下。幹部の魔族って話だし、棺桶の上からだったし。この程度じゃあすぐに再生してくるか――)


 起き上がってきたら、四肢をバラバラにして、刺し貫いて拘束する。


 ため息を吐きながら髪を掻きあげ、備えていると、寝込みを襲われた吸血鬼がごほごほと口から血を吐きながら起き上がってきた。


 暗闇に、深紅の眼と銀髪が光る。

 吸血鬼はなんと、私よりも幼い少女の姿をしていた。


「綺麗な目。一息に殺すには惜しいわね」


 薄ら笑いを浮かべて素直に感想を述べると、美少女吸血鬼はさも忌々しげに私を睨めつける。


「小娘が……これは、魔力不足ゆえの仮の姿。本来の我は――」


「はい、うるさい。そういう負け犬の遠吠えはいいから。今は私の言うことを聞いて」


 タッ、と地を蹴って距離を詰め、刀で喉元を突き刺し、壁にはりつける。

 おしゃべりな吸血鬼は物理的に口を噤んで、私を見下ろした。


「がっ……はっ……!」


「生きてる? よし、まだ生きてるわね。いい? あなたは私の言うことを聞くの。いいから聞きなさい」


 そう言って、ぐりぐりと刀で傷を広げると、吸血鬼は黙った。

 いくら不死身の吸血鬼といえど、こうして喉を刺されたのでは呼吸が苦しいことくらい、ちょっと考えればわかる。どうやら、大人しく言うことを聞く気になったようだ。


 そうして、私は言い放った。


「あなた――私に、呪詛のろいをかけなさい」



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