第4話 狙うヤンデレ

 翌日。やけに意気込むマイヤに連れられて来たのは、数か月前から吸血鬼が棲むと噂されている、街から森ひとつ超えた先の古城だった。


 一昔前まで、何かしらのよくない儀式に使われていたというその朽た古城は、地下に向かって延々と螺旋階段が伸び、地上の光の刺さない先まで、それが続いているという。

 西の魔王の配下である、とある吸血鬼が逃れ逃れてこの城に隠れているという噂は、本当なのだろうか。

 その真偽を確かめるべく調査するのが、今回マイヤが請け負ったクエストだ。


 古城に向かうまでの道すがら、僕はマイヤに声をかける。


「そういえば、言うのが遅れてしまったね。冠位一位ヴァイオレット就任おめでとう、マイヤ」


「え?」


「聞いたよ、凄いじゃないか。史上最年少にして、刀使いの最高職、冠位一位の名を持つ剣聖。世界中を探したって、冠位一位なんて各職に五人もいないし、次期中央ギルドの運営側――国家の治安維持部隊の部隊長候補にも、名前があがってるんだって?」


「え。ええ……まぁ、ね……」


(そういえば、先日中央ギルド協会に呼びつけられた際に、そんな話を聞いたっけ……?)


 きらきらとした眼差しで問いかけられたマイヤは、思う。


(そんなことより、私は今日のルデレくんのパンツの色の方が気になるわ……)


 愛しい彼と、念願のふたりきりでのクエストだ。さっきから膝がそわそわとしてしまって、剣聖だとかなんだとかいう話は右から左へ抜けていく。

 いくら剣の腕が立とうが、伝説の聖剣やら妖刀やらを抜けようが、知ったことか。そんなものよりも、私は。彼の夜のエクスカリバーをヌキたい。


(ああ、ルデレくん……どうしてあなたはルデレくんなの……?)


 そんなマイヤがここまで恋心を拗らせたのは、ルデレがとあるパーティ『夢追い人』に入ってしまってからだった。


 ◆


 女人禁制のダンジョン、インキュバスの愛の巣。


 とても強力な男性型の淫魔が棲みつくというそのダンジョンは、女が入ればたちまにち、目が合った瞬間に魅了され、気がつけば衣服を脱がされハーレムに加えられてしまうという、とんでもないダンジョンだった。


 しかもその淫魔は、魔力を増強する効果をもつ装飾品を持っているとの噂で、その装飾品さえ奪えれば、町を訪れた勇者一行にもどうにかこうにか相手ができるかも、との話だった。


 そこで装飾品の奪取に立ち上がったのが、『夢追い人』の元リーダー、ノッポ=ノーズだったのだ。

 急遽、ルデレくんを含むその場にいた男だらけでパーティを組むことになって、作戦は見事成功。たまたまそこにいたメンバーと意気投合して、彼はそのまま『夢追い人』の一員になってしまった。


 今まで、体格にも剣技にも恵まれなかったルデレくんが、他者に必要とされ、認められて、友情を育んで。そのときは、微笑ましいな、嬉しいな、と素直に思った。


 そんな彼を横目に、私はソロで竜魔王とか四天王の一柱とかを討伐する日々。


 楽しくないなぁ、寂しいなぁ。


 どれだけ強者の返り血を浴びても、私の心は満たされることがなかった。


 もう一度、彼とパーティが組みたい。

 でも彼は、「僕と組んでも、足を引っ張るだけだから」って、遠慮しちゃって組んでくれなくて。いつしか私は、誘うことを諦めた。


 でも……


 もし、ある日突然、パーティ内のその友情が、愛情に変わってしまったら?


 だって、ルデレくんはあんなに可愛くてかっこいいんだもの。おまけに天使みたいに優しくて、親切で、困っているおばあちゃんに手とか差し伸べちゃうような人。

 女の子の絶対数が少なくて、屈強な男の多いギルドみたいなあんな場所で、誰かがルデレくんのお尻を狙ったらどうするの?


 そう考えると、居ても立ってもいられなくなってしまったのだ。


 ◆


(ルデレくん……ルデレくんの貞操は、私が守るからねっ……!)


 そうしていつか、この手で奪いたい。


 そんなことを考えながら、マイヤは吸血鬼の棲むという古城に足を踏み入れた。

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