第3話 剣の境地とヤンデレは紙一重

 「どうぞ、前金です」と言って、受付嬢さんはマイヤに一枚の金貨を渡した。

 金貨一枚といえば、この田舎町でなら約半月は無難に暮らせるくらいの額だ。


「竜王退治に成功すれば、この倍が支払われます。前金を含む、合計金貨三枚。それがこの依頼の報酬です」


 受付嬢さんにそう言われて、僕なら喜んで飛び跳ねそうな一か月強は遊んで暮らせるくらいの額に、さして驚く様子もなく、マイヤは詳細資料を受け取った。

 そうして、受付の列から外れると、くるりと僕を振り返る。


「そんなことより! ルデレくん、無職になったんですって!?」


 鼻息荒く、どこか嬉々として問いかける幼馴染に、問い返す。


「どうしてそれを……?」


 そんな嬉しそうに……?


「風の噂でね」


 そう言って、マイヤはちゃきり、と腰に携えた刀の鍔を鳴らした。


「へぇ……剣聖は、『物事の流れを風で読む』って話は本当だったんだ」


 感心したように尋ねると、マイヤは「ま、まぁねっ!」と目を逸らして胸を張った。

 その拍子に、十四歳にしてはかなりたわわに育ったおっぱいが、さらしから零れてしまうのではないかと心配になるくらいに、たぷんッ! と揺れる。

 僕は思わず視線を逸らし、続ける。


「でも……僕のために、ありがとう。あんな、必要の無いブロンズ級の依頼なんてしてくれて……」


 剣聖であるマイヤの実力があれば、いくら竜王退治といえど、日帰りで済むクエストだろう。竜王なんて大層な名がついていても、それはあくまで『近隣の竜をおさめるボス』くらいの意味合いだ。

 西の魔王が約五十年ぶりに復活してからというもの、魔物や竜が多く蔓延るようになった昨今、竜王なんてそこまで珍しくもない。


 おかげで世界各地のギルドや実力のある勇者一行は忙しない日々を強いられているらしいが、剣を振ってもせいぜいチャンバラごっこなブロンズ級である僕には縁遠い話だった。


 マイヤは日頃から手荷物が少なくて身軽だし、荷物持ちなんて、十中八九必要ない。そんなマイヤと僕は幼い頃からの馴染みだが、いつからだろう。こんなに、住む世界が変わってしまったのは――


 ふと顔をあげると、きょとんと大きな目を見開いて僕を覗き込むマイヤと目が合った。


(……!)


 その顔の近さに思わず赤面すると、マイヤはさも嬉しそうに、いたずらっぽく笑う。


「怖がらないで。大丈夫。竜王なんて、ちょちょいのちょいでボッコボコよ」


 にこ! と彼女の言う通り、その日の午後には、隣山の山頂に血の雨が降り注いだ。

 少し離れているように言われた僕は、マイヤが刀一本で、竜王をなますのように切り捌き、開きにしていく様子を呆然と眺めるばかりだった。


「大きなとかげの分際で! ルデレくんに向かって火を吹くなんて! とんだ命知らずねぇ!! このっ。このぉっ……!」


 「きゃははははっ!」と殺意を剥き出しにして竜を相手取るマイヤ。

 剣を極めし達人は、戦闘中に『心眼』という一種の境地ゾーンに入り、精神的にも肉体的にもハイな状態になることがあると聞くが、アレもそうなのだろうか?

 剣の腕前がぐっずぐずの僕にはよくわからないが、マイヤが楽しそうなので、まぁいいや。

 竜王の山みたいな巨躯に少し前まで怯えていた僕は、恐怖が一周まわって冷静になり、マイヤに向かって声を張り上げる。


「マイヤ! そんなにズタズタにしたら勿体ないよ! 竜の鱗と体皮は、なめすと高く売れるんだ!」


「さすがルデレくん! 頭の中に、生活の知恵が詰まってる♡」


 「戦いばかり得意で、女子力がない」と口癖のようにぼやいているマイヤは、そんな小手先の知識ばかりで実力が伴わない僕に対しても、そんな風に、笑顔で褒めて讃えてくれる。

 それがなんだか、嬉しくて、いたたまれなくて……


(本当は、僕が竜を倒せるような男になって、マイヤのことを……)


 一度でいいから、「僕がきみを守る」なんて、言ってみたいのに。


 そんな夢を追うばかりで、まるで立場が逆な僕らは、売り物にするにはややズタボロになり果てた竜王の皮を手土産に、田舎町に帰還した。


 ギルドに報告を済ませて、竜王の皮の鑑定と換金を待つ間、マイヤが僕に話しかける。


「ねぇ、ルデレくん。あなたがよければ、また荷物持ちを依頼してもいいかしら?」


 屈託なく微笑む、最強剣士の幼馴染。

 でも。貰い過ぎという意味で、あまりに割に合わない報酬の金貨一枚を手にした僕は、そのうしろめたさゆえに、素直に頷くことができなかった。


「そんな……マイヤに悪いよ。僕なんてただの足手まといで、今日だって竜に火を吐かれて、庇ったマイヤの着物の裾が、ちょっぴり焦げちゃったじゃないか」


「あれは、その……ルデレくんと一緒にクエストができて、ちょっと舞い上がってたというか、油断しちゃっただけで……」


「隠さなくてもいいよ。僕がお荷物だってことは、僕自身が、よーくわかっているからさ」


 そう言って、僕はギルドの待合室の椅子から腰をあげる。

 マイヤは、そんな僕を引き止めようと立ち上がり――


「でも! 前にいた『夢追い人』でだって、身体が小さいからって荷物持ちとか、雑用みたいなことばかり! 私の荷物を持つのと、何がどう違うっていうの!? 私はダメで、あいつらはいいの!? ねぇ、どうして!?」


 それこそ、僕が「どうして?」だ。

 どうしてそこまで、マイヤは僕によくしてくれる?

 僕のどこに、そんな魅力があるっていうんだ……


 それに――


「『夢追い人』の皆は、確かに鼻持ちならなかったり、お調子者だったりするかもしれない。けどね、僕に『パーティを組まないか?』って誘ってくれた、生まれて初めての人たちなんだ。だから……あんまり悪く言わないで」


「……ッ! でも、あいつらは、ルデレくんを除け者にして、酒場でどんちゃん盛り上がったり……!」


「それはほら、僕が未成年でお酒飲めないから」


 頑なな僕の態度に折れたのか、マイヤはそれ以上言及してくることはなかった。


 一方で、マイヤの頭の中は、悔しい気持ちでいっぱいだ。


(どうして……どうして!? なんであいつらはルデレくんとパーティが組めて、私には組めないの!?)


 私だって――ルデレくんとパーティを組みたい……っ!


 しかし。ルデレの中にある遠慮と、良識、自己肯定の低さが、マイヤの望み悉くを阻む。

 いつからだろう。楽しく勇者ごっこをしていた私達に、ここまで差がついてしまったのは。


 私はただ、大きくなってもルデレくんと、一緒にいたいだけだったのに……!


 ――強くなりすぎてしまった。


 それがいけないことなのか?


 このままでは、「あなたのことが好きだから組んで欲しいの」と正直に打ち明けたところで、気休めや憐れみにしか思われないのではないだろうか。

 長年胸に秘めてきた恋心を、そんな風に思われるなんて……絶対に、あってはならない。許せない。


 暫し脳内で自問自答していたマイヤは、ある結論に辿り着く。


 もし。ルデレくんが私と組むことに負い目を感じているのなら。


 私が、ルデレくんなしでは生きていけない身体になればいいのでは?(すでに心はそうなのだが)


 そう思い至り、マイヤはルデレの手を握る。


「お願い、もう一回! 明日、もう一回だけ、私のクエストに同行してくれない!?」


「え……? 別に、それくらいなら……僕は全然かまわないけど。むしろありがたいっていうか……」


 ごにょごにょとばつが悪そうに呟くルデレをよそに、マイヤは内心でガッツポーズをキメた。

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