第2話 無職になったルデレ=デレニア

 こけこっこー。と鶏の鳴く月曜日。


 錆びついた蛇口をひねって顔を洗い、正面を向くと、鏡にはうす茶の髪をした、なんともっぽい少年が前を向いていた。

 僕こと、ルデレ=デレニアは、この安いボロアパートにひとりで暮らし、大陸各所で仕事を請け負うギルドのブロンズ冒険者として日夜活動に励んでいる。


 しかし――


 週が明けてギルドに顔を出すと、僕の所属するパーティが解散になっていた。


 いつものようにギルドの受付嬢さんに、僕が冒険者として登録、所属していた『夢追い人ワナビ』宛ての手紙や依頼はないかと確認すると、神妙な面持ちでそう告げられたのだ。


「え? アレ……? うそでしょ? 何があったんですか?」


 いくら『夢追い人』が、中の下レベル(一番強いノッポさんでも、冠位グランデ最下位アッシュにも満たないシルバー級冒険者)の弱小パーティだからって、一日に何の依頼も無いことなんて今までなかった。


 冒険者の仕事といえば、危険なモンスター(ドラゴン)退治だとか、洞窟ダンジョンに眠ったお宝の発見とか、そういうイメージが強いかもしれないけれど、ゴブリン退治だってスライム駆除だって、迷子の猫探しだって立派なお仕事だ。


 そういうものとか、家の掃除から老人の見守り、子どもの世話まで、手広くやってきた『夢追い人』は、この田舎町のギルド支部では所謂『なんでも屋』として、それなりに頼りにされてきたっていうのに。

 おかげさまで、一か月くらいなら家賃を滞納しても大目にみてもらえるくらいの人望はあったっていうのに。なんで。


 問いかけに、耳が長くて褐色のエルフの受付嬢さんは、「ルデレさん以外のメンバーが、急遽無期限休業することになりまして……パーティは、実質解散となりました」と。再三説明してきた内容を再度言い放つ。


 冒険者協会のギルドに登録してパーティを組むには、リーダーを務める人間が、最低でもシルバー級以上でなければならない。

 僕の階級は、冒険者として登録できるぎりぎり――最下位のブロンズ。だからパーティは解散なのだ。


 こうして、僕はある日突然、無職になった。


(ど、どうしよう……! 月が始まってまだ三日も経ってない。このままじゃあ、今月分の給料はゼロも同然だし、貯蓄だって多くない。そしたら家賃の支払いも……!)


「あああ、どうしよう……!」


 どうしてパーティの皆が無期限休業してしまったのかは知らないが、今はとにかく代わりのパーティ――職なり仕事なりを探さないと、どうにもこうにも立ち行かない。

 周囲を見回すも、ギルドにいるのはゴールド級のリーダーとメンバーばかりだ。

 階級がふたつも違う僕では、お荷物同然。依頼をこなそうにもレベルが違い過ぎて話にならないだろうし、そもそも、話を聞いてもらえるかどうかすら……


 近くにいた、二メートル超の大男、身の丈ほどあるまさかりを担いだ、ゴンブト=フッドさんと目が合う。フッドさんは一瞬なにごとかと首を傾げるが、身の程もわきまえず「パーティに入れてください!」なんて言う勇気は、僕にはなかった。


(どうしよう、どうしよう! でも、ここで勇気を出さなきゃあ無職だし……!)


 わなわなとひとりうち震えていると、朝の仕事紹介で騒がしかったギルド内が、カラン、という扉の開く音と共に静まり返った。


 ザワ……とひそつく冒険者たちの目は、入ってきた和服の少女に注がれている。


 黒い髪を腰まで伸ばしたその美少女は、ギルド内でたむろする大男たちには目もくれず、まっすぐに僕のところへやってきた。


「おはよう、ルデレくん。今日もいい天気ね」


 今日も、僕の幼馴染はにこにことして可愛い。


「あ。マイヤ。うん……いい天気……だね……」


 無職になった僕は、正直それどころじゃあないけど。

 マイヤはにこにこと問いかける。


「ねぇ、ルデレくん。今日は何色のパンツ履いてるの?」


「え? なに? パンツ?」


 急に言われても思い出せない。

 白? 黒? それとも紺だっけ?

 かといって、今ここでズボンの中身を確認するわけにもなぁ……


「やっぱり、なんでもないわ」


(な、なんだったんだろう……?)


 しどろもどろな回答に、幼馴染のマイヤは表情を一変させて、忌々しげに舌打ちをした。


「にしてもあの男……ゴンブト=フッドとかいう奴。さっきルデレくんにガンを飛ばしていたみたいだけど。何かあったの?」


 射殺す勢いで、ゴンブトさんを睨めつけるマイヤ。

 つい先日、冠位最上級バイオレット――最強の剣聖にクラスアップして『銀閃のマイヤ』の通り名がついた彼女がやると、本当に目で人を殺してしまいそうだ。

 僕は慌てて訂正をした。


「そういうわけじゃないよ。どちらかというと、僕が先にゴンブトさんを見ていただけで、目が合っちゃったっていうか、なんていうか……」


「……そう。まさかとは思うけど、ルデレくんはああいう、毛の濃い大男がシュミなの?」


「そ、そういう意味で見てたわけじゃないからね!?」


「ならいいわ」


 そう言って、視線をゴンブトさんから僕に戻すマイヤは、小声で、

 「……命拾いしたわね」と。

 呟いた気がした。


 そんなマイヤは、受付でいつまでたっても仕事を受注しない(できない)僕の横から、受付嬢さんの間に割って入る。


「ルデレくんの受けられそうな、ブロンズ級の仕事はないんですか?」


 その問いに、受付嬢さんは難色を示し――


「はい。『夢追い人』さん達が日頃からこまめにお仕事を請け負ってくださっていたおかげで、今はブロンズ級のかんたんなお仕事がないんです。収穫祭のあとの、年に一度の町の大清掃も先日済んでしまいましたし、近隣のゴブリンの巣も駆逐済み。おそらくこの先一か月は、ブロンズ級の依頼はないかもですね……」


「そんなぁ!」


 隣で口をあんぐりと、絶望する僕をよそに、マイヤは超高難易度のクエストリストを漁る。

 隣山に巣食う竜王退治、西から逃れて棲みついたという吸血鬼の調査など、どれもこれもが冠位中盤、六位オレンジの実力以上の者でないと請け負えないものばかりだ。

 ちなみに、冒険者のランクは下からブロンズ、シルバー、ゴールドとなっており、そのさらに上に十二階級の冠位グランデというものが存在する。

 最下級の冠位十二位アッシュから順番に、数が少なくなるほど凄い。


 そんなわけで、冠位六位以上だなんて、この町を探してもひとりいるかいないかって話で。ときたま補給の為に町に寄る、実力者パーティの人たちが請け負ってくれない限りは、これらのクエストは溜まっていく一方だろう。だから、マイヤはいつだって仕事に困らない。そう、僕のようにはね。


「これ……今日はこれにします」


 そう言ってマイヤが受付嬢さんに示したのは、隣山の竜王退治だった。


「ついでに。私からお仕事を依頼してもいいですか?」


「はい。もちろんですけれど……」


 最上級バイオレットの剣聖にできない仕事なんてあるのか? と首をかしげる受付嬢さんに、マイヤはその場でさっと書いた依頼書を突き出した。


「ブロンズ級。荷物持ちの依頼です」


(……!)


 誰がどう見たって、僕の為の依頼だ。

 受付嬢さんも、予想外の――でも優しいその行動に目を見開いた。


「しかし……マイヤさんは六位オレンジ級の竜王退治に行くんですよね? いくら荷物持ちとはいえ、そんな危険なクエストに、ブロンズ級のルデレさんを連れていくのは……」


 完全に、お荷物。荷物持ちなのに。


 その視線を黙らせるように、マイヤは、眼光鋭く言い放った。


「ご安心を。ルデレくんには、何人たりとも触れさせない。私が――命にかえても守りますから」

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