うしろ姿のきみへ。
ヲトブソラ
うしろ姿のきみへ。
うしろ姿のきみへ。
ベランダの手すりに腕をかけて、物思いに耽るみたいに缶ビールを飲む大人って、どう思う?とくに星を見るわけでもなく、町の灯りを見るわけでもなく、ぼーっとしてんの。それが妙に心地良くて、毎晩そんな時間を過ごす大人って、どう?こうやってさ、ぼくが話しかけても、いつもきみは背を向けているね。外方を向いているから、こんな話に笑っているのか、呆れているのか、怒っているのか、拗ねて口を尖らしているのか、そもそもこんな話に興味が無いかすらも分からないんだよ。
もうすぐ日付を跨ごうとしているというのに抜ける風が随分とぬるくて、肌や髪にしがみつこうとする。故郷では何か一枚掛けていなければ寝冷えをしてしまう夜も、この街では全ての窓を締め切って、エアコンをいれなければ、暑苦しくって眠れやしない。ここに越してきて、最初の半年はろくに歩けなかった雑踏もさ、今や寝坊した朝に低血圧でおぼつかない脚でも遅刻しないように走れるようになっていて、空気が澱んで息苦しいからと探し回った公園は、駅までの近道として前を通るだけになった。内輪のノリにしか乗れなくて、苦手だった人間関係にも慣れきってしまって、大嫌いな奴とも酒が飲めるくらいに自分に嘘が吐けるようなっているよ。一番、なりたくないって言っていた種類の大人になっていて、その姿が一番自分に似合ってたって、話なら、笑う?
やっぱり、きみは振り向いてくれないか。
つまらないもんな、こんな話。
じゃあ、とっておきの話だ。もう時効だと思うから話すけれど、高校の時にきみの席は斜め前だったろ。後ろから見ていて、いつも思っていた事があるんだ。きみはどうして窓の外ばかりを見ていたんだろうって気になっていた。学校に縛られた世界が狭いからなのか、外にきみを待つ何かがあるのか、とか。下校時も、いつも少し前にきみが校門から出るからさ、駅までの道のりを何だか着いていっているみたいで気まずくて、誤解されたくなかったから、わざと遅く歩いて距離をとるようにしていたんだよ。
きみが引っ越すって話を聞いて、まあ、友達に焚きつけられたんだけど、告白する流れになって、ぼくもどうにか上手くやるつもりが空回りして焦って、何を言っているのかも分からなくなっていって、ぼくばっかり話しているのが自分でも滑稽に思えてさ、きみの靴ばかり見ていたら「そんな大事な話はさ、目を見て話しなよ」というきみの声に想いを伝えるのに目すら見ていなかった事に気付いて、それを挽回しようと、また不器用に理解を捉えてない言葉を重ねるから、何かを犯していって、表情が険しくなったきみに頬をぶたれて「さよなら」と言われたよね。未だに、あの時の立ち去る後ろ姿が忘れられないんだ。“シュレディンガーの猫”じゃないけれど、ぼくの世界に存在しない世界で、きみはどんな表情をしていたのだろうかって、ずっと考えている。
ぼくの知っているきみは、ぜんぶ、うしろ姿なんだよ。
「前向きのきみは元気に笑っていますか」
なんて、きみの事を思い出す度に、そんな事を考えている。遠くから夜を割く電車の音が聞こえていて、時間は一方通行に進むのに、ぼくのきみはずっとあの頃のまま。それが嬉しい事なのか、悲しい事なのかも分からなくなっているけれど、もし街ですれ違ったら声を掛けてよ。
きみの顔は、よく知らないからさ。
おわり。
うしろ姿のきみへ。 ヲトブソラ @sola_wotv
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