第5話
アレスティナ・帝都。国にすむ大半の市民がこの帝都で暮らしている。
街から城まで真っ直ぐ貫くように伸びた大通り「マルシェ・エタニテ」。
不滅の市場と名付けられたその通りでは、朝から晩まで出店が入れ替わり立ち替わり並んで、明かりが消えることはない。神官の四人は塔から真っ直ぐこの通りまで歩いてやってきた。
「魔法使いならみんなテレポートが使えるんじゃないの?」
「そりゃあ、もちろん使えるよ。無属性魔法はほとんどが習うまでもない基礎魔法だから。フォークやナイフをわざわざ教えてもらわなくても使えるのと同じ。」
「じゃあ、なんでいつも歩くの?飛んで行けば一瞬なのに。」
「君は、一般市民には一生手の届かないような高価な宝石や金細工をジャラジャラつけて街中を歩いている人を見たらどう思う?」
「それは・・・イラっとするかな・・・。」
「それと同じ。」
魔法使いと呼ばれる人間は、この世界の半分ほどしかいない。そして、その多くが日常的に魔法を多用できるほど多くの魔力持っているわけではない。せいぜい、家事を少し楽にするとか、多くの荷物を簡単に運ぶ程度にしか使わないのだ。そんなところへ魔道士がこれ見よがしにテレポートを使ってビュンビュン飛び交えば、「自分は魔力をたくさん持っている」と誇示するのも同じ。顰蹙を買うのも無理はないと言うことだ。
「最近は魔物が出没することもあるし、スパイとか犯罪も増えているって言う話だ。魔力がある、恵まれた人間がいると知れれば狙われるかもしれないだろ。」
「帝都で身を守りたければ、まず目立たないことだね。」
ほー・・・と感心しながら、ハルの目はにぎやかさを増していく市場に釘付けになった。等間隔に並んだ支柱にくくりつけられたランタンが通りに沿って煌々と輝き、夕暮れだと言うのに真昼のようだ。家路を急ぐ婦人や、訓練終わりの兵士らに、店主が一生懸命声をかけて客寄せをしている。ちょうど腹の減るこの時間は、惣菜や飲食店などの出店が多く、あちらこちらからいい匂いが漂ってくる。
そのまましばらく歩くと、途端に古道具や書籍、食器類などの雑貨を扱う出店が増える。中には、先ほどの訓練でハルがイブニングから借りたような分厚く古い本もずらりと並んでいるのが見えた。
「ねえねえイブ。これ、さっきの本と同じような感じだね。」
「兄ちゃん、魔法使いかい。便利な魔導書が入ってるよ。」
「魔導書?」
「お?まだ使ったことないか?本の中にいくつか呪文が閉じ込められててな。魔力をこめれば呪文を詠唱しなくても・・・ほら!」
店主が一冊の本をパラパラとめくり、魔力を込める。ポッと桃色の光が溢れたかと思うと、空から花吹雪がハラハラと舞い落ちた。
「はは、これはブルーム・ヴォンが入ってたな。花吹雪が舞う呪文だ。デートの時なんかにこっそり使えばイチコロよ。」
「うわぁ、すごいね。」
「それがなんの役に立つんだか・・・。ほら行くよ。」
リアトリスは呆れたようにハルのローブを引っ張り、ヒソヒソと耳打ちした。
「魔導書は確かに便利だよ。自分じゃ使えないような高等魔法だって、魔力さえ込めれば使える。でもその分、リスクだってちゃんとあるんだヨ。」
「リスク?」
「その1、自分にコントロール不可能な魔法である可能性があること。その2、魔力の消費が通常よりも多いこと。その3、1冊に封じ込められる魔法は2〜3種類であること。」
「・・・イブは学校に通ってるから、散々教えられてるのさ。嫌ってほどね。」
「なるほど。」
「日常で使うには危険な魔法や、1回使うだけで魔力がすっからかんになっちゃうほど難しい魔法が込められてる魔導書もある。それをああやって知識のない人に売りつけるのさ。」
「じゃあ、さっきのも?」
「あのおじさんは、今頃回復薬をぐびぐび煽ってる頃じゃないの。」
「俺は好きだけどね、魔導書。ストレージ魔法で何十冊も携帯してる。使い方と、使い時ってやつを間違えなければ戦いに不慣れでも十分強い武器になるからね。」
そう言って、リアトリスはパッと何もない空中から本を取り出した。
「今朝使ったのも便利だったでショ?」
「リアは本を持ちすぎて、探すのに時間がかかるのさえなければなぁ。」
「あ、痛いとこ突くね、ふくだんちょ。」
しばらく歩いたところで、大通りをそれて裏通りに入っていく。右に左にどんどん曲がって、人の気配もどんどん薄れていく。裏路地の行き止まりにたどり着いてから、イブニングは到底人が通れそうにない細い隙間に手を翳した。魔力を込めて、赤煉瓦の壁をなぞっていく。すると、レンガはみるみる動きだし、やがて古い扉へと姿を変えた。
「ここの主人は引っ込み思案なんだ。」
そう言いながら、イブニングはその重い扉を押し開けた。
「俺たちは待ってるよ。行っておいで、ハル。」
「中狭いんだよ。四人も入れないからさ。」
ヒラヒラ手を振るホタルとリアトリスに「わかった」と頷くと、ハルも扉の隙間に体を滑り込ませた。
中は、おおよそ4畳ほどだろうか。決して広いとは言えない店内に、そっと体を縮こませながら入る。扉が閉まると、店内は一気に薄暗くなった。申し訳程度に置かれたカウンターを覗き込んで、イブが声をかける。
「杖を買いに来ました。新規の客ですよ。」
その声にのっそりと姿を表したのは、黒髪の男だった。背は高く細身でヒョロリとした印象だ。左目にかけた片眼鏡を手の甲でぐいと押し上げると、男はハルの姿をジロジロと眺めた。うっすらクマがついて、目つきも悪い。
「イチイの木。」
「へ?」
「ははあ、あんたも神官だな。おい、イブ。こいつの杖は高くつくぞ。」
「お好きにどうぞ。」
男はカウンターの下をゴソゴソと探り、背の丈ほどもある木の枝を取り出した。
「水晶はどうする?埋め込んじまうか?そのままにするか?あんた、魔力はそこそこあるな。まあでもイブのよりは一回り小さくしておこう。そうだ、武器は何か使うのかい。」
矢継ぎ早に飛んでくる質問にハルはあわあわするばかりで答えられない。
「武器はまだ持ってないみたい。この後何か探しに行くから、両手を使う想定でいる。魔法、あんまり使ったことないみたいだから。ひとまずロロの好きに作ってくれたらいいよ。」
「ふうん。水晶は?」
「首飾りになってるみたいだ。」
「じゃあそのままでいいな。」
イブが代わりに質問に答えると、店主の男は次々と材料をカウンターに並べていく。
「イチイの木に・・・カエデの葉も入れようか。黒甲虫と
こちらに何か聞いているようで断言した言い方だ。イブも慣れているのか特に口を挟む様子もない。
「それじゃあ、杖をつくろうか。君、この上に手をかざして。」
ハルは言われた通りカウンターの上に手のひらを突き出した。
男は自身の杖を手にすると、先端に嵌め込まれた結晶をハルの手の甲に触れるように翳した。
「力を欲す若き青葉、瑞々しく活力溢れる雄大な豊沃、水面は疾風にさざめき、いずれ全てを飲み込むうねりとならん。創造主たる始まりの神よ、彼の者に叡智を与えし我に力を貸したまえ。トリニティア・ケーン」
眩いばかりに翠色の光が放たれ、やがてカウンターの上には一本の杖が横たわっていた。洋傘よりも少し長いくらいのそれは、木でできている割には滑らかな手触りだ。まっすぐ伸びた先に孔雀の羽が数枚広げられたような飾りが施され、ピンポン玉ほどのやや白みがかった透明な石が嵌め込まれている。
「お代はいつものようにジェームズに直接請求するよ。」
男が杖でカウンターをコツコツと叩く。ポン、と小さく音を立てて、一匹の爬虫類が現れた。丸まった尻尾を指で伸ばすと、羽ペンで何かを書き込む。
その様子に釘付けになったハルの視線に気付いたのか、男はふふと鼻を鳴らすように笑った。
まるで幼子にものを教えてやるように、
「これはビル・ニュート。帝都では請求書がわりにこいつを家へ寄越すんだ。ここに代金やメッセージを書き込むだろう。ほら、行ってこい。」
トカゲはスルスルとカウンターから飛び降りる。床に着地すると思った瞬間、姿が見えなくなった。
「相手の手元へ届くまで、その身を透明にして隠すのさ。大事な手紙も請求も、秘匿文書は大事にしないとな。」
男は小さくウインクして見せると、カウンターの奥に置かれた古いひとりがけのソファにどかりと沈み込んだ。
「ああ、疲れた。神官の奴らはどいつもこいつも魔力が多くて敵わない。」
そういうと傍らに置いてあった蜂蜜酒をぐびぐびと煽り始めた。
「杖を作るには相手の魔力と同じだけの魔力を消費しなくちゃいけないらしい。ロロは攻撃魔法のセンスはゼロだけど、魔力の量はお化けでね。だから杖作りはロロにしかできない職人芸ってところかな。」
イブは懐から小瓶を取り出してカウンターに置いた。
「杖ありがとう。
代わりに杖を手に取ると、さっさと店を出ていった。ハルも店主にペコリと頭を下げると続いて店を出ようとする。
「また来なさい。きっとそんな杖じゃ、すぐに物足りなくなる。」
ハルにはその言葉の意味がよくわからなかったが、再びペコ、と頭を下げて今度こそ店を出て行った。
店を出ると、イブはホタルに向けて言った。
「武器はいるかな。」
「持っておいた方がいいだろうな。相当な手練れじゃなけりゃ魔法は万能とは言えない。」
「じゃあ、それはホタルに任せるよ。」
「おー、それじゃ表通りに行くか。」
五人は再び先ほどの賑やかな通りに戻る。よく見れば、店先には武器や防具、魔導書の類が多く並んでいる。しかし、やはり杖はひとつも置いていない。
「杖は魔道士しか使わない。日常生活で強力な魔法なんて必要ないからね。だからああやってひっそり営業してるんだよ。」
「なんでひっそり?」
「・・・魔法は、とても頼もしい。だけど使う人によっては強力でとても恐ろしい力になるんだよ。」
イブはどこか納得いかないような表情で呟いた。
魔法使いではない人々も多く住む帝都では、武器や防具などを置く店が数多く並んでいる。魔物のほか盗賊などの犯罪集団が急増しているため、素人でも扱いやすい軽くて丈夫な武器を携帯する人が多いのだ。攻撃魔法が苦手な魔法使いもいる。身を守るために女も子供も武装するのが当たり前だ。
「とはいえ、何を選んだらいいのかなんてわからないよ。」
「まさか武器も持ったことがないとはなあ。」
「アルカディアには優しい動物しかいないもん。」
剣や短剣を恐る恐る眺めながらハルが愚痴る。
「前線に出られるなら刀剣や短剣なんかが定石だな。片手が空けば杖を使った魔法も使える。」
「前線・・・。」
「まあ、それは俺とホタルがいれば十分。イブは中距離の火薬銃を持ってるから、ハルは遠距離の・・・弓なんかにしたら?」
リアトリスが、店の奥にある弓をひょいと持ち上げる。原始的で機動力に欠ける弓は街中で扱いにくく命中率も低い。市民らにはかなり不人気の武器だ。
「兵士や神官が戦うのは街中だけとは限らない。それに、一人で戦うこともほとんどない。後衛から援護する役割っていうのも大事になるかもしれないなぁ。」
ホタルの言葉も決め手となって、ハルは弓矢を選ぶことにした。ここでも代金はビル・ニュートとなって店の外へ消えていった。
「いいのかな、お金。」
「経費だよ、必要経費。貰えるもんは貰っておかなくちゃ。」
むふふ、と笑うリアトリスの辞書に、「遠慮」の文字はなさそうだ。
「よーし、それじゃ、腹拵えでも・・・。」
「あ、あの・・・」
意気揚々と店を出るリアトリスを引き止め、ハルはいささか迷いながら言った。
「俺、もう一度さっきの演習場に行きたい。杖も、弓矢も使ったことがないし・・・。魔法も武器も使えないんじゃ、きっとみんなの足を引っ張ることになると思うから。」
「・・・イブの言ったことは気にするなよ。少しずつやっていけばいい。」
「そうそう。それに、魔法は呪文を覚えるところからだからサ。杖をふりゃあいいってもんじゃないんだよ。」
「でも・・・。」
ハルはそれでもなお、引き下がらない。
「いいんじゃないの。少しでも早く戦えるようになってくれるんなら、僕は付き合ってあげる。一つだけ呪文を教えてあげるから、演習場まで戻る間に覚えればいいよ。」
イブはそう言うと、手帳を取り出してサラサラと書き込み、ページを破ってハルに寄越した。
「えーと・・・?『美しく勇猛なる・・・』」
「読み上げると今ここで発動することになるけど。」
「わあ!ごめん!」
ハルは慌てて口を手で押さえると、紙切れに書かれた呪文を脳に書き写すように何度も何度も目で追った。その真剣な様子にリアトリスもホタルも「仕方ない」とばかりに顔を見合わせ、演習場へと向かっていった。
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