第4話
神官とは、神の力で魔を屠るもののこと。
大帝国・アレスティナは今、未曾有の危機に陥っていた。
差別・貧困・自然災害。
街の至る所で魔物が暴れ、犯罪集団がのさばっている。
この地に封印されたとされる厄災をもたらす悪神が再び目を覚ます前兆かもしれない。厄災が降りかかる前にこの国に蔓延る問題を解決し、魔物や犯罪集団を討伐せよ。
「皆さんが望む国のあり方、叶えたい野望。そのいずれもこの国を守ることから始まります。問題は山積。こんな魔物一匹倒せないようでは到底無理です。いずれ対峙するのは、狡猾な犯罪集団や魔法の扱いに長けた魔道士など手強い相手になるでしょう。」
グルル、と魔物が唸る。尻尾や後ろ足あたりの毛皮は赤く燃え、炎のようにゆらめいていた。牙も爪も鋭く、恐ろしい目つきでハルたちを睨んでいる。
「とはいえまずは自身の身を守れるよう、魔法を使うことに慣れるところから始めます。この子は魔物ですが非常に賢く理性的です。一筋縄ではいかないと思いますよ。」
ホタルは、腰に刺していた剣を抜く。
「どんな手を使ってもいいって言ったよな。」
「ええ、もちろん構いません。倒せるのであれば。」
ホタルが剣を構えて一瞬息を止める。その緊張感や威圧感は凄まじく、彼が騎士団副団長というのも納得だ。
足に一瞬力を込めたかと思うと、ホタルは目にも止まらぬ速さで飛び出した。
「武器を使った戦いにもいくつか流儀があると聞きます。ホタル様は
カンタベリーの説明の通り、太刀筋は速く慣れていなければ目で捉えるのも難しい。振りかぶった刀身は勢いを殺さぬまま魔物の首をまっすぐ捉える。魔物も微動だにできない。
しかし、刃はその首にたどり着くことはなかった。透明な壁が突然刀の前に現れホタルは弾かれたように、やや体勢を崩しながら着地した。
「おい、魔物が魔防壁なんか張るんか。」
「魔物とはいえ私の召喚獣ですよ。」
「こんな硬いシールド、反則だろ。剣じゃ到底割れっこない。手慣れた魔道士を相手にしてるみたいだ。」
カンタベリーは呆れたようにホタルに言った。
「私は何も手出しはしません。ですが、その子だって無抵抗で切られるのは嫌でしょう。獣の姿はしていますが、魔道士を相手にしていると思った方がいいですよ。」
ホタルはぐぬぬ・・・と眉を顰める。魔法が苦手なホタルにとって、魔道士相手の戦いは非常に不利だ。ハルはそんな一人と一匹の様子に圧倒されながら、リアトリスのローブをくいくいと引いた。
「ねえ、リアトリス。その・・・魔道士って?魔法使いとは違うの?」
「え?魔道士も知らないの?」
この世界では、すべての人間が等しく魔力を持って生まれる。
しかし、その量が少なかったりコントロールができなかったりして魔法を扱えないものも多い。魔法を扱うことができる“魔法使い”は、世界の人口の半分ほどと言われている。
「魔法にもさらに種類があって、大きく分けると無属性魔法と属性魔法。」
リアトリスは宙に手をかざすと、魔力を込めた。銀色の光が集まり、何もないところから杖が現れる。
「こんなふうに、物をしまったり出したり自在にできる魔法とか、テレポートなんかは無属性。魔法使いであれば誰でも使える。」
「え、じゃあ俺にも?」
「使えるはずだよ。ただ呪文がいらない、感覚的なものだから練習は必要かもね。」
魔法使いのうちさらに半分は、この無属性魔法しか扱えない。
一方、もう半分の魔法使いたちは生まれ持った魔力に“属性”が付与されている。
「属性魔法は、その属性を扱える人なら呪文を唱えるだけで絶対に発動できる。」
「じゃあ、今の俺は風魔法が使えるってこと?」
「そう。火・水・雷・風・土。これが基本属性。中には2つ3つ属性を持つやつもいるらしいけど滅多にいない。こういう属性を付与した魔法を扱える魔法使いのことを“魔道士”と呼ぶ。」
「つまり魔道士は、戦う能力を持つ魔法使いと言える。」
そばで聞いていたのだろう、イブニング・プリムローズと名乗った少年が口を挟む。
「力を、誰かを守るために使えば英雄だ。でも、侵略するために使う人もいる。」
「・・・世界には悪い魔法使いもいるってことかぁ。」
「魔法に対抗できるのは基本的には魔法だけ。だから、いくら剣術に長けた騎士団副団長でも、魔法でシールドを張られてしまえば太刀打ちできない。」
イブニングがホタルを指差す。
ホタルは的確に急所に向けて刀を振り抜いているが、すべて見えない壁で弾かれてしまっている。
「ホタル様。騎士団としての剣技は十分存じております。ですが、この子はただの魔物ではなく、賢い魔物です。魔法を一切使わずに勝つのはなかなか厳しいと思いますよ。」
「・・・魔法なんか使えないって。」
「ホタルは元々“魔法使い”ですらない。突然魔力を渡されてもそりゃあ困るだろうネ。」
ホタルの動きを見ながら、先ほど取り出した杖を確かめるように一振りしてリアトリスが飛び出していく。
「気まぐれなる天空の覇者、この手に宿りて輝きを放て。エレクト。」
杖を向けた先から黄色く輝く魔力が溢れ、魔物に向けて勢いよく飛んでいく。
「光り輝く創造主たる神よ、驚きと畏怖をここに示せ!エ・タンセル!」
呪文を唱えると、魔力は電撃のようにばちばちと音を立てて爆ぜた。
「お見事!」
カンタベリーはパチパチと小さく拍手した。しかし、砂埃の向こうでは、依然として魔物が悠々と立っている。
「どこがお見事だよ。」
その時、ゲンナリするリアトリスに向かって、火球が一つ、二つ。
「うわわ!」
慌てて避けるリアトリスを追うようにおまけでもう一つ。
急いでシールドを張るが、直撃した火球によって呆気なくシールドは壊されてしまった。
「あー、もう!俺は商人なんだ!魔道士ならみんながみんな戦えると思うなよ!!」
情けなく地面に転がされたリアトリスは、キャンキャンと吠えている。
ハルには十分魔法を使いこなせていたように見えた。それでも全く敵わないとは・・・。とてもじゃないが、ハルにあの魔物を倒せるとは思えなかった。
魔物は大人しくその場に止まっているが、目つきは相変わらず鋭く、グルルと唸り声を聞けば身がすくむような思いがする。
何かやらなければ。でも、攻撃魔法ってどうやるんだ・・・?俺の水晶は風だから、風の・・・そうだ、呪文が必要なはずだ。でも風属性の呪文なんてひとつも覚えていない。
(こら、ハル!勉強だっていつかは必要な時が・・・)
(俺、治癒しかできないんだからそんなの必要ないよ!)
「こんなことなら、基礎呪文教書くらいちゃんと読んでおくんだった・・・。」
オロオロするハルを見かねたのか、イブニングが杖を取り出した。
「ねえ、ハル。ホタルは生まれつきの魔法使いじゃない。ハルは?」
「え、あ、俺はその・・・一応魔法使いではある・・・と思う。」
「だろうね。魔力の込め方は分かっていたみたいだし。」
じゃあなんで聞いたんだ。ハルは一瞬イラッとした。
しかしそんなハルのことは気にも止めず、イブニングは本を取り出してハルに投げ渡した。
「俺が合図をするから。そうしたらさっきやってたみたいに、この本に魔力を込めて。」
「え、本に?」
「そう。32ページ。」
ハルは言われたページをペラペラめくる。
なんだかよくわからないニョロニョロした記号が書かれているだけだ。
「え、何これ?」
「いい?俺が合図したらそのページに魔力を込める。何があっても魔物から目を離さないでね。」
そういうとイブニングは軽やかに飛び上がる。無属性魔法・フロート。人や物を空中に浮かせる基礎魔法だ。これで四つ足の魔物ではイブニングのところへ届かない。魔物の唸り声も睨みつけてくる眼差しも全く効かない。
「万物を支配するは圧倒的な力、これは汝の無力を嘆く訓戒なり。ソイル・コラプス。」
魔物に向かって呪文を唱える。
すると、足元の地面が勢いよくひび割れ、陥没していく。魔物は必死に抜け出そうとするが、瓦礫に足を取られてなかなか思うように出られないようだ。
「ソイル。」
再びイブニングが呪文を唱えると、飛び散った土塊が石のように固まり、魔物に向かって飛んでいく。夥しい数の石飛礫に魔物はシールドを張ることを諦めて地面に火球を放った。崩れた地割れから足を抜くと思い切り上空に向かって跳び上がる。
「ハル!」
イブニングの声に合わせて、ハルは目一杯の魔力を手のひらに込めた。
すると本が緑色に輝き、風が巻き起こった。刃のように鋭い風が、魔物に襲い掛かりその体を切り刻む。やがて魔物は、黒い霧になって消えた。
「お二人ともお見事。」
カンタベリーはハルと、地面に降り立ったイブニングに向けて拍手を送る。
ハルも初めてまともに見た“魔道士”の姿に目を輝かせた。
「すごい!何、さっきの!俺何にもしてないのにバーって風が出て!」
しかし、イブニングはそんなハルの様子を無視する。
「最初から、僕が手助けするのが前提だったんですよね。」
「いいえ、まさか。魔物の恐ろしさを身をもって体感していただいただけです。」
飄々と言ってのけるカンタベリーにイブニングは小さくため息をついた。
「ともかく神官は揃いました。これからきっと忙しくなられます。どうか力を合わせて困難に立ち向かってください。」
「要は僕が魔法を教えろってことでしょ。」
「それは私が責任を持って。」
「どうだか。僕よりプリムラの方がいいんじゃないですか?この国一番の魔道士なんだから。」
「イブ、カンタベリーさん困ってるから。」
見かねたホタルがイブニングを制止する。
「さて、ハル様。魔法について、そして魔法を使った戦いについて。ほんの少しはご理解いただけたでしょうか?」
「ええと、俺はまだ全然何にもできないんだってことはよくわかりました・・・。」
「大丈夫。初めから全てをこなせる方はいません。ここで魔法や神官のことについて学びながら、皆様にできることから一つ一つ始めましょう。」
「でも、さっさと仕事できるようになってくれないとこのままじゃ僕に全部皺寄せがきて困るよ。」
イブニングが当然のように言い放った。
「魔力が使える分マシだけど、見たところ杖も持っていない。そんなんじゃいつまで経っても“魔道士”とは呼べないでしょ。」
暗に魔力の扱いもままならないホタルを貶したように聞こえて、リアトリスはイブニングに詰め寄ろうとする。しかし、当の本人は気にしていないようで、まあまあ、とリアトリスを宥めた。イブニングは二人のことを気にもとめず、さっさと演習場を後にしようとしている。
「さっさと行くよ。」
くるりと振り返って、ハルに向かって言った。
「行くって、どこに?」
イブニングは当たり前のように言った。
「だから、杖だよ杖。どうせどこで買うかも知らないんでしょ?早くおいでよ。」
ハルがカンタベリーを見ると、やっぱりにっこりと笑っていて、彼についていくように軽く背を押された。
「あいつ、本気で悪気がないんだな。ホタルのこと貶したことにも気付いてないんじゃないの。」
「根は優しいやつなんだ。せっかくだし俺たちも行こう。そろそろ夜市も始まるよ。」
二人も、ハルとイブニングの後を追った。
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