2 日本に来て、矢萩美術館での出会い
イタリアを離れて、日本に帰国した私は、帰国後からの半年は日本中の美術館を見て回った。帰国後すぐに仕事を始めるのではなく、のんびり絵画を見て羽を伸ばすと決めていた。この半年の間に、たまたま私が修復を担当した絵画のひとつが矢萩美術館に飾られることになった。
その絵画が、『岩窟の聖母』という絵画であり、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品だ。
『ダ・ヴィンチ展~天才が遺した名作たち~』という展覧会に、それが出展される。
同日に、一般客としてではなく、修復の担当者として、
この絵画の修復状況の説明や、展示に際しての留意点などを事細かに説明する。
この絵画には聖母マリア、幼児キリスト、幼い洗礼者ヨハネ、天使の四人の人物像が描かれているが、これらの人物の肌が湿度や室温による劣化がひどく、『リットリオの夏』の時と同様にワニスも剥離しており、黒いカビが所々に点在して洗浄や色を馴染ませる修復にかなりの苦労を要していた。
その時カメラに収めた何枚もの写真と実物を見比べながら説明し、開催主である矢萩美術館長の目に留まる。この一件から矢萩美術館での仕事を貰えるようになっていた。
この繋がりが功を奏して、今の彼女の矢萩美術館に勤めている石川さやかという女性と出会った。
矢萩美術館の館長を通して、私は矢萩美術館のことも彼女のことも目にするような機会が増え、徐々に親密な間柄になっていった。はじめこそはただの仕事上のお付き合いだったが、ビジネスパートナーより一足踏み込んだお付き合いに変化していた。
やはり男女というものは親密になればなるほど互いが惹かれ合うようになるらしい。
私と彼女の間柄のように、互いに仕事には真面目な性格の二人が互いの仕事を知ることで、互いが互いを認める、ビジネスパートナーとして、また男女のパートナーとして。親密になるには充分すぎる理由だった。
それほど彼女の絵画に対する扱いや姿勢が、熱心である種の信仰心のような敬虔な態度を取っていた。
私が彼女の仕事ぶりをそうとらえたように、同じく彼女も私の絵画に向き合う姿勢に惹かれていった。
互いが互いを認め、私の仕事場であるまだ小さな工房に彼女は何かと理由をつけて足を運ぶようになっていった。
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