第23話 抵抗虚しく身体が…

「今日も悪魔は休みか?」


「あぁ、今日で2日目だ。」


「あの厚顔無恥な男も流石に庁内の空気を察したのかな。」


「そんなことある筈がない。


 また、変な悪知恵を考えているんじゃないか?


 親父に泣きついてよ!」


 知事就任10周年祝賀式典は単なる私事行事に格下げとなり、赤っ恥どころか、益々、村八分状態となった悪魔男は二日間、職場に姿を見せていなかった。


 赤っ恥?


 そんな羞恥心など元々この男には微塵の欠片もない。


 悪魔男は家から出られない事情があったのだ。


 そう、女、妻の反逆の翻りであった。


 女が予想外に正気を取り戻し、地下に引き篭もってしまった。


 女がこのまま反抗を継続し、晩餐会への出席も拒むと、悪魔男の全ての画策はオジャンとなってしまう。


 悪魔はじっと獲物が穴から顔を出すのを辛抱強く待っている。


 そして悪魔男の両掌にはあの瓶が握られていた。


 長年の武器


 そうモルヒネがギッシリと詰まった瓶である。


 悪魔男は、時折、その瓶を揺すり「カタ、カタ」と音を立てていた。


『15年だ!


 15年という時間を掛けて調教したんだ!


 そう簡単に忘れることなど出来る筈がない!


 今に出で来る、必ず…』


 悪魔男は女のモルヒネの切れ時を逃さないため、仕事にも行かず、ひたすら、調教音で女を誘き出そうとしていた。


 恰もコヨーテが土の中のモグラを狙うように。


 一方、女はモルヒネの切れかかった中毒症に踠き苦しんでいた。


 喉はカラカラに乾き、やはり、身体中の穴から体液が漏れ始める。


 心は強くそれに抗う。


『ここで耐えないと…、ここで耐えないと…』と


 何度も何度も自分を叱咤する。


「カタ、カタ」


 時折、地上から例の音が聞こえて来る。


 女は天井を睨みつけ、


「絶対、貴方には屈しないから!」と叫ぶ。


 しかし、次第に視界がグニャグニャと屈折し始め、意識が朦朧として来る。


 そして、「はっ」と気付くと、


 女は無意識にベットに上がり、服を脱ぎ始めていた。


「だめ…、なんで脱ごうとするのよ…」と


 女は自分を戒める。


「カタ、カタ、カタ」


 瓶を揺する音がリズミカルに地下室に響く。


 地上での音が、目の前で奏でられているように聞こえ出す。


 女は無意識に服を脱ぎ、全裸になるとベットに横たわる。


 それでも女は必死に歯を食いしばり、


「駄目よ、したら駄目、が、が、我慢するのよ…」と


 自分に言い聞かせる。


 女の目付きがあやしくなった。


 とろ~んと正気を失った目付きとなる。


 無意識に脚を広げ、指が股間に伸びようとする。


「だめ…、したら…、だめ…」


 最早、女の言葉は口先だけとなり、身体は言うことを聞かない。


 15年間、毎日、躾けられた調教の快感が身体の奥まで染み込んでいた。


 心は悪魔から逃避しようと、


 脳は快感から脱却しようと、


 そうしなければ、元の木網となることを了知していたが…


 身体が…


 特に敏感な突起部分が…


 悪魔の忠実な被調教物となっていた…


 女は遂に無意識に上半身と下半身の突起を摘み始め、


 長期間の調教の賜物としての自慰を行ってしまった。


 心は泣き、


 脳は情けなく動く指を何度も咎めようとするが、


 指はそれを無視し続け、より一層、激しく動く。


 女は自分が情けなく涙を流したが、


 もう一つの快感を求める心は脳に絶頂の合図を送る。


 脳は諦め降伏し快感を司る交感神経にホルモンを送り込む。


 女は、泣きながら絶頂を叫び、逝き果てると、全身が大きく弓形となり激しく痙攣し始めた。


 抗っただけ、望まずして大きな快感を呼び込んでしまった。


『してしまった…』


 女は心から泣いた。


 悪魔に負けたのではなく、淫靡な淫乱な自分の身体に負けたと思い、激しく落ち込んだ。


 モルヒネの効果は益々切れて行く。


「今、頑張らないと!


 今、耐えないと!


 私は戻れない。


 あの頃の私に戻れない!」


 女は強く強く、次は決して自慰行為をしないよう自分を叱咤する。


 駄目だった…


 簡単に15年間の身体に染み込んだ快感神経は消失しない。


 抗えば抗う程、大きな快感が伴った。


「パタン」


 女が地下に篭城して3日目の朝、地下の扉が開いた。


『やっとか。しかし、待った甲斐があった。


 これで史織を晩餐館に連れて行ける。』


 悪魔男は喜びよりも安堵しながら、極力、女を刺激することなく、地下に降りると、女に淡々とモルヒネを注入した。


 敗北した女は何も言わず、左腕を伸ばし示しただけであった。


 これも15年間の悪癖のルーティンであった。


 監禁と調教の対象は心ではなく身体なのである。


 そう、『自然に身体が動く』よう調教されてしまっていたのだ。

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